《MUMEI》
3
 『基の髪は本当に綺麗ね。お母さんのよりずっと綺麗』
白濁に覆われたその意識の中で
本城は懐かしいものを見た
過去、幼少の頃の記憶
幼かった本城を女性は、抱き上げながらその白の中唯一あった小さな窓から外の景色を憂う様に眺め見ていた
『……でも、良かった。貴方の髪がフェアリーテイルでなくて』
女性の震えてしまう声、幼い本城にすら縋ってしまう程の脆さ
それでも膝の上で楽し気にはしゃぐ子供の前ではせめて強い母親でありたいと
取り繕った強さばかり見せてしまう
『いい?基。お母さんが居なくなったらここから何としてでも逃げなさい。(楽園)なんかに逃げては駄目。お母さんとお約束出来るわよね、基。貴方だけはせめて、どうか無事で――』
此処で、本城の眼は覚めた
「ここ……」
起き上がり辺りを見回せば、ひどく見覚えがそこにはあった
本城が居る部屋の内装、寝台
その全てを、本城は嘗て見た事があったからだ
「……それで、今更にあの夢か」
今更見たくもなければ思い出したくもない過去に
顔を掌で覆ってしまえば
背後から伸びてきた手が不意に本城の首元へと触れてきた
「お帰りなさい。基」
同時に聞こえてきた声
その主を僅かに窺い見れば、そこには
「……何の真似か、聞いてもいい?」
ヴァレッタがいた
訝しむばかりの本城に、だがヴァレッタは何故か嬉しげな表情だ
「何故、私からフェアリーテイルを奪ったりしたの?」
笑顔とは裏腹に、腹の
ソコを探る様な問い掛け
理由を問われ、だが
「話す必要はないね」
本城は語る気配すら見せる事をしない
「……基」
「それで?僕をこんな処に拉致った理由を聞いてもいい?」
「私の問い掛けには答えてすらくれないのに。……まぁいいわ」
わざとらしい溜息をつくとヴァレッタは徐に立ち上がり
「……少し此処で待っていてくれるかしら。貴方がもし此処に帰って来る事があったら必ず呼ぶよう言われているの」
それだけを言い残し、ヴァレッタは部屋を後に
戸が閉まる音と同時に、外側から鍵の掛る音が鳴る
「……拉致った上に監禁、か。面倒だね」
引けども押せども開かない戸
手っ取り早く壊してやろうと身構えた、すぐ後
閉じたばかりの戸がまた開く
そして其処から現れたのはヴァレッタではなく一人の男
本城を見るなり、ヴァレッタとよく似た笑みをその男は浮かべた
「お父様」
「ヴァレッタ、よくこれを連れて来てくれた」
良くやった、と労う言葉を掛けてやりながら
その男はまるで幼子にしてやる様にヴァレッタの頭を撫でてやる
「……褒めて戴いて、光栄ですわ。お父様」
撫でてくる手に身を委ねるヴァレッタは幸福そうな表情で
男は暫くそうしてやると徐に本城の腕を掴みあげる
来い、と短い一言で本城の身体を引きよせていた
「ヴァレッタ、先にこいつを借りるぞ」
「それは構いませんけど、後でちゃんと返して下さいね」
「わかっている」
まるでモノでも扱っている様なやり取りを交わした後
男はそのまま本城の腕を掴み部屋を辞す
「お前は相変わらず、無反応だな」
だが何の反応も見せない本城
男は溜息をつきながら、つまらないを呟くととある部屋へと入っていく
甘い香が焚き込められた部屋
そのきつすぎる香につい顔を顰めてしまう
「この香りは苦手だったか?」
「苦手じゃない。嫌いなだけだよ」
「何故だ?こんなにもいい気分になれるというのに」
「用件は一体何?」
雑談をするつもりはこれ以上ないとばかりに切り出してやれば
その性急さに男はまたわざとらしい溜息を付きながら
漸く本題へと入るのか、部屋の奥へと本城を誘う
そこにあったのは厚い暗幕
男がソレを両の手で開けば其処には異様な景色が広がった
「懐かしいだろう、基。お前の母親だ」
見えたのは一面血の朱に汚れた扉
そして
「……もう10年も経つというのに、美しいままだろう」
男が手を徐に伸ばしたその先には
羽根の様な形で飛び散った血痕を背負い、その扉に鎖で繋がれている女性の姿があった
「あとは、もう一つのフェアリーテイルが此処へ来るのを待つだけだ」
「……一体、何がしたい?」
訝しげに問うて質す本城へ
だが男は何を返す事もせずただ笑みばかりを浮かべて見せる

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