《MUMEI》 . ―――それはひどい有り様だった。 着ている服は、ハサミで切られたようにボロボロで、髪の毛はほつれてボサボサだった。顔には殴られたような痕があり、肌が赤黒く変色していた。 露になった、骨張った肩から覗くブラ紐の、ターコイズブルーのカラー。 その気色悪い色合いが網膜に焼き付いて、吐き気を催した。 黙り込んだまま、声をかけられずにいると、 不意に、風子が顔をあげた。 激しく殴打されたのか、左目の辺りが無惨に腫れ上がり、鬱血していた。化粧は剥げて涙の痕が残り、いつもの美しさの微塵もない。 風子は俺の顔をぼんやり見つめて、 「…来てくれたの?」 と、譫言のように呟いた。 俺は唾を飲み込み、ゆっくり頷き返すと、風子を促してすぐに自分の車に乗せた。 そのまま放っておける筈もなく、風子を彼女のアパートまで送ることにした。 最初は、警察に連れて行こうと思った。証拠が無くなる前に、捜査して貰った方が良いと、昔、小説で読んだことがあった。 けれど、風子はそれを頑なに拒否した。 「警察には行きたくない。お願いだから、誰にも言わないで」 真っ青な顔で言い募る風子を前に、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。 助手席に座った風子は、小刻みに身体を震わせていた。 それは、寒さのせいではないことは、よく判っていた。 アパートに着くと、風子は車から降りようとしたので、俺は自分が着ていたジャンパーを、その細い肩にかけてやった。その格好のままでは、あんまりだと思ったからだった。 風子はゆっくり瞬き、俺の顔を見つめると、「しつこいけど…」と消え入りそうな声で呻いた。 「この事は、誰にも…」 そこまで言いかけたのを、俺は目を逸らしながら、「わかってる」と遮った。たまらなかった。 . 前へ |次へ |
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