《MUMEI》

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俺の質問に女は、「…失礼しました」と詫びて、続けた。

「『サワイ』と申します。『サワイ フウコ』の母です…娘が高校の頃、仲良くして頂いたようで…」

それを聞いて、風子の苗字が『澤井』であったことを、ハタッと思い出した。

風子のことはいつも名前で呼んでいたから、最近はあまり意識していなかった。


止まりかけていた足を動かして階段を登りつつ、俺は「いつもお世話になっています!」と仕事上のような文句で答える。

「それで、俺に何か?」

一番疑問に思っていたことを、軽快な口調で問いかけた。風子に限らず、友達の家族から直接電話を貰ったことなど、今まで、無かったから。

階段を登る足は、止めなかった。どんどん、俺と空の距離が近づいていく。

そのとき、俺が登っている歩道橋の下を、一台のバイクが猛スピードで駆け抜けた。悲鳴のようなエンジン音が、辺りにこだまする。


俺が、その喧しい音に気を取られていた間に、


彼女が、信じられない言葉を、口にした。



「…先日、娘が亡くなりまして、そのご連絡を致しました」



―――一気に、街の喧騒が遠退き、

俺は無音の世界に投げ出された。

動いていた足が、止まる。



風子が、死んだ。



「…つきましては、通夜・告別式の日程をお伝えしたく思いまして…」



風子が、



「もしもし…?聞こえてますか?もしもし…?」



死んだ………?



階段の中程で、携帯を耳に当てたまま、俺はゆっくり空を見上げた。



―――頭上に広がるその空は、相変わらずきれいで、


それはいつもと何も変わっていなくて、


でも、


何かが違っていた。



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