《MUMEI》 消失「よし」 またクズハを大木に座らせ、例の葉で良く体を拭いてから洋服を着せた。続いて自分も同じようにして服を着る。その時だ。ぐらりと地面が揺れる。地震。あまりの激しさに砂浜に手を着いてしまった。いや、違う。揺れたのは自分だ。目眩を起こしたのだ。 「レオン!」 クズハが叫ぶように、まるで悲鳴を上げるように声を上げた。不意に足の方を見ると、そこにはサソリがいる。このサソリに刺されてしまったのだろう。神経性の毒を持ったサソリは人間をも殺してしまう事があると聞いた。ずっと、兄弟の中で一番最初に居なくなるのはクズハだと勝手に思い込んでいたが、まさか自分だったとは。しかし、それも悪くないかもしれない。どうせこの世は三人の悪魔たちによって滅びる。わざわざそれまで付き合う必要も無かったのだ。クズハやシオンを失うかもしれないという恐怖の中で生き続けるよりも、一番最初にいなくなれば、誰かを失う喪失感すら味あわなくて済む。いいじゃないか、最初に死ぬのも。 「レオン!」 クズハが大木からずり落ち、こちらの顔を覗いてきた。居なくなるのはまだ早いみたいだ。クズハを自宅まで連れて行かなければ危ない。ここにはサソリが居るのだから。 ぼうっとする頭をどうにか働かせ、クズハを起こして背中に背負う。このままではクズハまで被害に合ってしまうかもしれない。そうなれば後味の悪いまま死ぬ事になってしまう。それは、嫌だな。 クズハはきれいに笑うのだ。心から、何も疑わずに。どんな状況にあっても、現に、こんな現代でもきれいに笑う。ごちゃごちゃとキレイゴトを並べる偽善者の説教なんかより、クズハの笑顔の方が説得力はあるだろう。そんなこの子をヒトリキリ置いてきぼりにはできない。きっと、だれもが。 何時間も何時間も歩いていた気がする。一日以上も歩き続けたような倦怠感と、視神経がやられ初めて揺らぐ視界。手と足はまだかろうじて動く。顔の神経も引き攣ったまま治らない。そういえば、昔のサソリの毒と今のサソリの毒は性質が違うらしい。どう違うのかまでは覚えていないが、違ったらしい。これも、様々な生物が環境に特化した結果なのだろう。 家が見えてきた。木の根に躓く。クズハの身体が前に投げ出されて地面が砂埃を上げる。視界がぐるりと反転し、背中に地面が当たって痛みが走る。無論、まだ麻痺していない体の一部ではあるが。 倒れ込んだ音で気付いたのか、ドアを開いてシオンとヴァーミリオンが姿を現す。これでクズハは安全だ。もう、サソリに刺される心配も無い。自分はここで少し休むとしよう。ちょっとだけ、疲れた。 揺れる。目を覚ました。揺れている。地面が流れる。シオンのにおい。そうか、背負われ走っているのか。サソリに刺され、どうして生きている? 暑い。頭痛。ぼやけた視界。高揚感。いよいよ、なのか。 シオンは自分を降ろした時にその死体を見てどう思うのだろう。嫌悪か、畏怖か。クズハの笑顔が頭から離れない。もう見れないのか。それ以前に、この意識も無くなってしまうのだからどうという事でもないはずだ。魂なんてものは存在しない。自分はあと数秒で、消えてしまうのか。 前へ |次へ |
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