《MUMEI》

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電話に出たのは、『スガイ』と名乗った、中年の男の人でした。ぼそぼそと、聞き取りにくい声で喋るひとでした。


わたしが、チラシを見て電話をかけたことを伝えると、スガイは、夜、彼の事務所に来るように告げて、わたしにその住所を教え、早々と電話を切りました。


外に出るのは怖かったけれど、それよりも、その『復讐代行』という謎のチラシのことが気になって、わたしは顔を隠すような大きなマスクを身に付けて、教えられた事務所を訪ねました。


事務所は、街角の雑居ビルの中にありました。

6畳くらいの狭い事務所には、スチール製の机がひとつと、ファイルが並べられた書類棚がひとつだけ。

その机に座っているのは、白髪混じりのグレーのジャンパーを羽織った、どう見ても用務員さんのような感じの冴えないおじさんでした。

その人が、わたしからの電話に出たスガイという男でした。


まず最初に、「復讐したい相手と、その理由を教えて」と聞かれました。復讐の代行をするには、それなりの理由がないと引き受けられないということでした。

わたしは、少し間を置いてから、ぽつりぽつり、話をしました。

藤川先輩にわたしの気持ちを利用して、良いように弄ばれたこと。
偽りの安らぎを求めてたくさんの男達と関係を持ったこと。
そして、先輩の仲間達にレイプされ、ゴミのようにわたしを捨てたことまで、包み隠さず、全て。

スガイは黙ってノートにメモを取っていました。まるで事務作業に没頭している公務員か何かのように、こちらの顔を見ることもなく。

最後に、「復讐したい相手は?」と聞かれて、一瞬、答えに詰まってしまいました。


先輩や、レイプした彼の仲間達なのか。

それとも、わたしの上をただ、通りすぎていったたくさんの男達なのか。


一通り考えを巡らせてから、わたしは、

「全部なんだと思う」

と、答えました。


わたしの呟きに、スガイが初めて顔をあげてわたしを見、「ぜんぶ?」と、繰り返しました。



―――そう、全部。

わたしのことを粗末に扱った人達、全員。



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