《MUMEI》

言われた事に対し何処となく引っ掛かりを感じたのか
藤田は眉間に皺の険しい表情で井上へと問うて質す
「うっさいわね、馬鹿!鈍感男!人でなし」
さも意外だと言わんばかりのソレに、井上は声をつい荒げてしまう
いいすぎかと思わなくもない
だが一度吐き出し始めてしまった溜まっていたものはどうにも止まらなくなっていた
「……すっきりしたか?」
井上が一息つくのを見計らい、藤田からの冷静な問い掛け
ソレが更に井上の癇に障ったのか
徐にハイヒールを脱いだ井上がソレを藤田へと投げ付けてやろうと身構えた
次の瞬間
「清正、少しいいかしら?」
二人の前へと現れた奥方
その登場に藤田は僅かに嫌そうな顔をして見せながら
だが一応は何用かを問う
「……お使いを頼みたいのだけど。いいかしら」
「買い物、ですか?」
「ええ。紅茶の葉っぱが切れてしまって。頼めるかしら?」
頼み、と言いながらも有無を決して言わせないその笑顔に
藤田は溜息混じりに諾と頷いていた
「……畏まりました、奥方」
「お願いね」
諾の返事を返し、女性の穏やかな笑みに見送られ井上と藤田は揃って外出を余儀なくされていた
「……脚、痛い」
互いが互いに無言で暫く歩いた後
慣れないヒールではやはり脚に負担が大きかったらしく
井上はその場に座り込んでしまっっていた
「……お前、本当に慣れてねぇんだな」
「だからさっきからそう言ってるじゃない!」
こんなに畏まった様な靴など余程の事でなければ履く事など皆無で
それ故に履き慣れている訳もない
不手腐った様に頬を膨らませて見せる井上へ
「……仕方ねぇな」
藤田は深々溜息をつき、次の瞬間
井上の身体がふわり宙に浮いた
「な、何!」
驚きの声を盛大にあげてしまった時には、井上の身体は藤田によって横抱きにされていた
「ちょっ……。降ろして!」
「はぁ?テメェが脚痛ぇっていうから抱えてやったんだろうが。文句あんのか?」
「文句はないけど、恥ずかしいの!みんなこっち見ちゃってるし!」
「別にそんなの関係ねぇだろうが」
「アンタに関係なくても私には関係大アリよ!降ろして〜!」
「耳元で喚くな。落とすぞ」
「いっそ一思いに落として!」
これ以上恥ずかしい思いをするよりは、と
そんなやり取りを延々続けながら
双方が漸く落ち着いた頃には目的地らしい場所に到着していた
「何か騒がしいと思えばお前か。清正」
ソコは藤田の知人である高見 オサムが営む喫茶店
声が聞こえていたらしく、外に出てきた高見は呆れた様な表情で溜息をついて
だが藤田が何をしに来たのか分かっている様で中へと招き入れる
「いつもの茶っ葉でいいんだろ?」
戸棚に並ぶ紅茶の葉が入った缶を取って出しながら
高見は藤田へとそれを投げて寄越すと、何故か井上の方へと向いて直っていた
「……な、何?」
まじまじ眺められ、居心地が悪くなった井上
後退りながら、警戒気味に問う事をしてみれば
何故か、高見の手が井上の頭へと伸びる
まるで子供にしてやるかの様に撫でられ、すぐその手は離れた
そうされた理由が分からず首を傾げれば
「悪い。つい、いつもの癖でな」
高見は若干困った様な表情をして見せた
次の瞬間
店の奥にある自宅スペースから、何かが落ちる音が爽快に響き
その音に、何事かを心配する高見が奥へ大丈夫かを問う
「カルラ、無事か?」
声を掛けてやればすぐにその姿が現れてきた
両の手にフライパンと菜箸を握りしめるその人物は
金髪碧眼の可愛らしい少女
自身の失態を恥じるかの様に顔を朱に染め、俯きながら高見の傍らへ
「あ、お客様ですか?ごめんなさい、僕うるさくしちゃって……」
「別に客ってほど大層なモンじゃない。で?何かすげぇ音したけど、何やってた?」
ごく自然な動きで高見はその少女の頭を撫でてやりながら、藤田の時とは違い、穏やかに宥める様に話す
つい癖で
先の高見の言葉と、現状が見事に一致していた
「……お昼ごはん、作ろうと思って」
井上が見守る中、会話は続き
何をしていたかとの先程の問いに答える形となっていた
「今日のメシ、何?」
「オムライスです」
「成程。それでフライパン取って出そうとしたら他のモンが崩れた、と」

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