《MUMEI》 . ―――ゴールデンウィーク直前。 たくさんの人たちでごった返す駅前の交差点で、わたしは信号が青に変わるのをぼんやり待っていた。 夏に近づいているからか、午前中にも関わらず、空から降り注ぐ日差しは強く、わたしを照らす。 …今日もまた、一日が始まる。 目の前で車が激しく行き交う様を眺めながら、わたしはずり落ちたトートバッグの持ち手を肩に掛け直し、人知れずため息をついた。 わたしの隣に、仕立ての良いスーツを身につけたサラリーマン風の男が、携帯で何やら喧しく話をしながら足を止めた。部下と電話しているのだろうか。やたら高圧的な言葉遣いで、怒鳴り散らしている。 男の怒鳴り声を聞き流しながら、わたしはゆっくり周りを見回した。 若々しい、学生のグループ。どこかの企業の制服を着たOL。ベビーカーを押している、子連れの主婦。携帯に夢中になっている女子高生。犬の散歩をしているお年寄り…。 様々な人に取り巻かれている。 それぞれが、それぞれの生活の為に、そこに存在している。 …わたしだって同じだ。 信号が青に変わった。途端に停滞していた人びとが、一斉に歩き始める。わたしも自然にその波に乗る。 すれ違い様、誰かと肩がぶつかり、掛けていた眼鏡がずり落ちそうになる。ぶつかった人は、わたしに詫びることなく、通りすぎていった。わたしも特に気に留めず、眼鏡の位置を直して歩き続ける。 交差点をゆっくり渡りながら、わたしは空を見上げた。眼鏡越しに映るその空は、きれいに晴れ渡っていた。 胸を締め付けるような、切ないブルー。 その色が心の奥深くまで染み入るその前に、わたしは目を逸らした。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |