《MUMEI》 . わたしの勤め先は、都内にある語学学校だ。 そこは、フランス語を専門としていて、規模は小さいものの、たくさんの生徒が在籍している、業界ではわりと有名な学校だった。 かくいうわたしも、かつてはここの生徒で、卒業するのと同時に、学校の講師アシスタントとして働き始めて、もう5年が経つ。 『アシスタント』と言っても、業務のほとんどは雑用で、忙しい講師たちに代わって、生徒の提出物を添削したり、発音矯正や、簡単な質疑応答をするという安易なものだ。 給料は本当に少なく、働き始めた当初は他にバイトを掛け持ちしていたけれど、有難い昇給制度のおかげで、今はこの仕事一本でギリギリだが、何とか生活出来ている。 わたしと同窓の仲間たちは皆、そんなアシスタントの仕事を嫌がり、今はそれぞれ別の道を歩んでいる。 「アシスタントって聞こえは良いけど、結局は小間使いじゃん」 「そんなところ辞めて、もっと羽振りのいい仕事したら?」 何回目かのクラス会で、そんなことを言われたことがある。 ―――確かに、 皆が言う通り、今の仕事はお金にもならないし、休みも少ない。 心からフランス語が好きだとか、フランスに憧れているとか、そんな情熱があるわけでもない。 毎朝、同じ電車に乗って、膨大なレポートに目を通して、生徒の悩みを聞いたり、質問に答えたり…。 何の変哲もない、単調な日常。 それが何より、安心出来た。 ―――わたしはけして、多くは望まない。 穏やかで緩やかな日々を過ごせたら、それでいい。 それは、 3年前に、自分で決めたことだった。 . 前へ |次へ |
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