《MUMEI》 弱者目を覚ますと視界がぼやけた。しかし、しばらくするとそれもハッキリしてくる。見慣れない天井に、ふかふかとした感触が体を包んでいる。ゆっくりと右手を少しだけ動かしてみると、動いた。左手も、動く。恐る恐る体の点検を始めたが、すぐに異常が見られた。右足が、動かない。しかしまったく動かない訳ではなく、足の付け根は動くのだが、そこから下はまったく動かないのだ。布団の上から見る限り、どんなに力を込めても付け根までしか動かない。サソリに刺された代償が、これなのか。いや、本来なら命がその代償であったはずだ。 動かないのだから、感触も無い事はわかりきっている。しかし、確かめずにはいられなかった。ゆっくりと、右手を布団の中に忍び込ませ、右足に触ろうとした。下腹部から辿り、そっと足にたどり着く。 しかし右足がすっと消えてしまった。 はっとして布団をめくる。 右足が、なくなっていた。 呼吸が乱れる。あるはずのものがない。汗が溢れ出した。震える。目を閉じ、右足に触れようとしてベッドを掴んだ。目を開く。右足はなかった。 「あ、ああ」 意味のない声が漏れてしまう。どうしたら良いのかわからず、気が付けば叫び声を上げてしまっていた。はっとして口を閉じる。右手の薬指を見ずからの口に入れて強く噛む。血が垂れた。痛い。なのに、右足は痛くない。そこにある感覚はある。なのに、無い。 「入るよ」 部屋のドアがノックされ、女性の声が聞こえた。緊張する。表れたのは、先生。ヴァーミリオンに連れられて彼女の屋敷へ行った時に見かけた、ヴァーミリオンが「先生」と呼んでいた女性だ。この人がヴァーミリオンをそう呼んでいたから彼女の名前が解ったのだ。 しかし、彼女が味方であるのか敵であるのかは未だにはっきりとしない。 「毒にやられて右足が壊死を始めていたから、そうするしかなかったの」 近付いてきながら彼女はそう言う。やはり、サソリの毒にやられたようだ。しかし、どうしてこの人たちはこんなにも自分たちに対して親身になってくれるのだろうか? やはり、後になって多大な代価を望むに違いない。 「来るな」 どうにか声は出たが、震えていて、自分でもなんて言ったのかわからないほどの小ささだった。 「落ち着きなさい」 彼女は冷徹とも言える声音で言い放つ。 「生きているだけ良かったと思いなさい」 生きているだけでも、良かった? 果たしてそうだろうか。こんな生きにくい世の中で右足を失い、どうやって生きて行けと言うのだろうか。死ぬよりも苦しい事が待って居るのではないか。それならいっその事、命を断った方がマシでだ。どうせ、この世に未練なんかない。生きているから生きていただけだ。 ベッドから降りようとしてバランスを崩した。床に体が倒れてしまう。そうか、右足が無とはこういう事だったのか。頭でわかっていても、実際に理解するまでにだいぶ時間がかかってしまった。 「大丈夫?」 「さ、触るな!」 助け起こそうとしてくれた彼女の腕を払いのけて、部屋に唯一のドアを睨みつける。どうにかこの屋敷を抜け出して死ぬ場所を探そう。 「義足があるわ」 「いらない」 こんな怪しい人間に何も応えたくなんかない。 その時だ。ドアが自動的に開いて三人が姿を表した。先頭がヴァーミリオン、そして、クズハを背負ったシオン。シオンとクズハの顔が驚き、哀れむように変化する。そんな表情、見たくない。 「レオン、今は休め」 優しく響くシオンの声に負けてしまいそうになるが、そうはいかない。早く、この屋敷を抜け出さなければ。 シオンは背負っていたクズハをベッドの淵へ座らせるようにして下ろし、今度はこちらに近付いてくる。そっと肩の下から腕を回して立ち上がらせてくれる。しかし自分はその腕を振り払い、また床に伏してしまった。突然、右足がなくなるというのはなかなかハードだ。つい、体重をかけてしまう。それに、左足のみで体重のすべてを支えるのも楽じゃない。 前へ |次へ |
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