《MUMEI》
決意
「レオン」


 悲壮なシオンの声。どうしようもない罪悪感が沸き上がって来たが、どうしようもない。


「何も、考えなくていいから」


 そんな都合のイイ事が許されるわけがない。


「だめだ、もう、だめだ」


 それだけ呟いて、自分は床を力任せに叩いた。シオン以外の人間はみなビクリと驚いたようだったが、先生だけは例外だったかもしれない。


「駄目なんかじゃない」

「だめだ、つかれた」

「気取るなよ」


 シオンの、小さくも芯の通った低い声が届いてきた。今までの雰囲気とは明らかに違う。


「死にたいのか?」


 あまりにも率直に続けられた台詞に自分は、瞳を反らして「別に」としか答えられなかった。生きたいと思っているわけでもないが、それ以外を望んでいるわけでもない。
今のシオンは普段と何かが違う。それがなにであるのかと聞かれても明確な答えを出す事はできないが、何かが違う。


「なら、どうして生きている」

「生きているから」


 まだ瞳を合わせられない。


「ならば死ねばいい」


 地面が揺れた、気がした。死という事に対してどうという感情は抱いていなかった。だから、それを恐れているわけでもない。しかし、それなのに、その死をシオンから奨められてショックを受けた自分が、確かにここにいる。一方シオンは、腰の後ろに常にしまってある護身用の小刀をこちらに差し出してきた。


「シオン」


 悲鳴のようなクズハの声。気がつくと自分は震えている。その震えた手で小刀を受け取り、手首にそっと宛てて、死を見つめる。誰かが息を呑んだが、死ばかりをみつめていたため誰かはわからない。手に力を込める。ぐっと押すと、痛みとともに赤い血が溢れた。

 ナイフを落とす。切った左手首を中心にして身体中がじんじんと痺れた。泣き出すクズハの声。


「生きたくないのか!」


 怒鳴りながら自らの服を破るシオン。その布の切れ端で血が流れるこの左手首をきつく結んだ。声を出そうとしたが、上手くできない。身体のどこにも力が入らない。


「嘘をつくな」


 嘘なんかついていない。
 声が出ない代わりに心の中で答えた。


「オレは生きたい」


 先生が慌ただしく手当を始めてしまう。せっかく勇気を出して切ったというのに。


「おまえやクズハがいるから生きていたい。家族だから、一人でも欠けたら駄目なんだよ。俺は、おまえやクズハと一緒に居る幸福を知っている。お前もそうだろ? もういちど、悪魔が現れる前の平和な世界を見てみたくないのか? 最後まで生き抜いてやりたくないのか?」


 そんな幸福、自分はとっくに忘れてしまった。どうせ世界の終りが近いなら、自らの手で終わらせても同じじゃないか。それは、悪い事なのだろうか?


「向き合え!」


 シオンが叫ぶ。


「お前は生きているから生きているんじゃない! 死にたくないから生きているんだ!」
「そんなこと……!」


 声が少しだけ出たが、それ以上は無理だった。


「クズハを助けたのも、一緒に悪事を重ねて来たのも、感情が起こした行動だ。片足を無くしたくらいで何だって言うんだ。お前の天秤は、俺達よりも右足を選ぶのか?」

「自分は……」


 良く、わからなくなってしまった。痺れも思考を混濁させる原因だろう。確かに右足を無くした事は確かだが、もしも失ったものがクズハやシオンだったら、さらにショックを受けていただろう。

 自分達は兄弟で、残された唯一の肉親。今までずっとお互いの欠点を埋め合いながら助け合って生きてきた。一人でも欠けたらバランスが崩れてしまう。それが、居場所。居場所があるという事はとても安心できて、クズハやシオンと一緒に居るととても暖かい。ずっと一緒に居て、今更、離れられるのか?


「自分は……」


 違う。


「俺は……」


 声が震える。


「生きたい」


 その言葉をどうにか搾り出すと、後は泣き声しか出なかった。抱きしめてくれるシオンの温もりが、とても温かかった。

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