《MUMEI》

何度も、何度も
乱してしまう程に、その髪を梳く
「開、く。開くの……。嫌、嫌ぁ!」
まるで助けを求めるかの様に髪を強く掴まれ
だが怯えが収まる事はなかった
「……そう怯える事はない。お前が新たな鍵となってこの扉を開けば全てが治まる」
「か、ぎ……?」
背後に唐突に現れ、耳元に聞こえてきた声
聞き返すシャオの声は震え、言葉が覚束ない
「私の言う事を聞け、フェアリーテイル。私は楽園を手に――」
男の言葉が唐突に途切れた
同時に鳴り響いたのは、銃声
シャオは弾かれたようにそちらへと向いて直れば、煙立つ銃口を正面に構えた本城の姿があった
「……基、お前、は何を……」
急所は外れていたのか
絶える事の無い男が本城を恨めしげに睨みつける
「も、とい……」
息も絶え絶えに
男は憎々しげに血を這い、そして扉の元へ
其処に在る女性へと、まるで助けを求めるかの様に手を伸ばす
「この扉を、今度こそ開いて見せろ。そして、楽園を私に……」
途切れ途切れの声、それでも強い口調で訴えれば
ソレに呼応し、扉が僅かに軋む音を立てた
「……だ、駄目!」
開き掛けたソレを
シャオは咄嗟に両の手で閉じる
見てはいけない、見せてはいけない、と
「……基、これはダメ。開いちゃ、ダメなの」
「シャオ?」
「開けば、広がる。壊れて、何もないだけの(楽園)が広がる」
その虚無に段々と感情が引き摺られている様子のシャオ
最早何を見ているのかも解らない程その眼は濁ってしまっている
無表情になったその顔が、ひどく苦しんでいる様で
見ていて、居た堪れない
「とても醜くて、汚くて……。こんなの、楽園なんかじゃない」
震えるばかりのシャオの身体を抱きしめてやりながら
本城は徐に母親へと一瞥を向ける
「……この扉の向こうは、アナタにとって楽園だった?全てを捨てても構わないと思える程」
ゆるり歩み寄り、母親の長い髪を何故か指で梳き始めた本城
その表情には珍しく、苛立ったようなそれが浮かぶ
「あなたさえ普通に生きててくれれば、僕はこんな事に巻き込まれる事はなかった」
「も、とい?」
「フェアリーテイルなんてなければ、この子だって、苦しまずにすむ。だから」
突然愚痴るように話す事を始めた本城
言って終りに、また銃口を向ける
それが向いた先は母親の亡骸
躊躇もなく引き金へと指を掛け
「……さっさと、消えなよ」
銃声が、鳴り響いた
同時に母親の身体が床へと倒れ伏す重い音、そして
床に、血だまりが段々と広がっていく
その朱を暫く無言で眺めていた本城は突然に座り込み
何故か血だまりに手を浸し始めた
「シャオ、お出で」
徐にシャオを呼ぶと、近く寄ってきたそにお身体を引きよせ膝の上へ
「基……?」
戸惑うばかりのシャオへと本城は微笑んでやり
血で汚れてしまった手で、徐にシャオの髪を梳く事を始めた
「少し生臭くなるけど、我慢して」
本城が髪をすけば梳くほどに地の鉄臭いソレが鼻を突く
一体何をしているのか訳が分かる筈もなく、シャオは唯々本城の行動に小首をかしげて見せる
「……これで、君の髪はフェアリーテイルじゃなくなった」
「え?」
「フェアリーテイルは、本来とても脆いものだから。少し汚れただけで、死んでしまう」
本城が語る言葉に
シャオはそれまで見えていた残酷な楽園の姿は欠片も見えなくなってしまっていた
どうして、とシャオは首を傾げる
だが本城は何を返してやることもせず
汚してしまったシャオの髪へとキスを落とした
「……基?」
「ごめん。でも僕は君の髪は、好きだったよ」
まるで別れ際の様な言葉
シャオへと向けられた本城の表情は優しく、そして酷く儚げだった
「……基、何言って……」
「あの扉は、僕が壊す。だから、君は逃げて」
言い終わると同時に部屋の戸が開かれ
ソレと同時にシャオの身体は畑中のそれと共に本城に押しやられ
外へと押しだされてしまう
「基!」
「自己犠牲なんて僕の柄じゃないけど、これが一番手っ取り早そうだから」
「基、お前、まさかフェアリーテイルの代わりにでもなるつもりか!?馬鹿なこと考えるな!」

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