《MUMEI》 . 全ての授業が終わり、後片付けを済ませ学校から出てから、わたしは自分の腕時計を見た。夜9時を過ぎていた。 時折流れ去る夜風が、涼やかな空気を運んでくる。 わたしは駅に向かって、暗い闇の中をゆっくり歩き出した。 街にはまだ、サラリーマンや学生の姿がちらほら残っていた。電話を片手に大股で闊歩していたり、仲間で群れて喧しく騒いでいたり、様々だった。 その中に溶け込むように、わたしも歩く。真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ駅を目指して。 歩きながら、わたしは視線を巡らせた。 歩道沿いに流れる神田川は、夜の闇の中でどんよりと澱み、静かだった。 川の向こう側にはオフィス街が広がっていて、そびえ立つビルのたくさんの窓からぼんやりと灯りが漏れている。 幻想的な都会の夜。 でも、それもいつものこと。何ら、変わらない。 ―――いつもと違うのは、わたしの心。 落ち着かなかった。どんなに無視しようとしても、胸がどきどきして、どこかそわそわして。 理由はもちろん、昼間のこと。 川嶋という男の人が、携帯番号を書いた名刺をわたしに手渡して、連絡下さいと、言った。 真意は、判らない。 あんな、一瞬の出逢いで、何かが判る筈がない。当然だ。 風が、吹き抜けた。 街路樹の葉が、忙しくザワザワと鳴く。 その音に急かされるように、わたしは早足で夜道を急いだ。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |