《MUMEI》
序幕
 凍て付く寒さが猛威を振るう真冬の深夜。

 聖魔都市サクラの真上に広く横たわる曇天の空から、ちらほらと真っ白い真綿の粉のような雪の粒が舞い降りる。

「……雪、か……」

 差し出した手の上でその一粒を遊ばせ、黒と白のコントラストの空を見上げた男は感慨深げに呟く。

 乾いた血のような赤黒い装束で全身を覆い隠したその男は、街の中心にそびえ建つ白亜のサクラ大聖堂の、一際高く、天を刺し貫こうとする尖塔で片膝を立て座っていた。

「…………退屈だ」

 男は革手袋の上へ目をやり、また一粒溶けていく雪の粉を眺めたが、刹那の速さで興味を失い、眼下の町並みを見下ろし、ため息混じりに独りごちる。

 真冬の冷気に凍えた街はひっそりと静まり返り、暗闇の中、人と共に一時の眠りについている。


 パーーーーーンンン…………


 どこか遠くから響いて来る、軽く渇いた破裂音。

 それを耳聡く聞き付けた男は下げた頭を持ち上げる。

「銃声か……?」

 音のした方へ顔を向け立ち上がる。退屈に蝕まれた直感が、それを振り払うべくすぐに向かえと早鐘を打ち鳴らす。

「まあ、多少の退屈しのぎくらいにはなるか……」

 横に転がしておいた帽子の、積もり始めた雪をサッと払い落とし目深に被ると、サングラスの位置を直し、男は数十メートルの高さの塔から闇が息づく夜の街へと身を躍らせた。

次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫