《MUMEI》
第一幕
 闇――。

 ライナスの瞳に映る景色は何もない虚無の空間だった。彼はこの上も下も解らないような場所に、何ひとつ身に纏わぬ姿でたゆたっていた。

「ここは……何処だ?」

 彼の漏らす呟きに答える者など居る筈も無く、一瞬が永遠とも感じられる時間が、意味を形作る事さえせず、ただ漫然と過ぎ去って行く。

「誰か居ないのかっ!」

 いい加減沈黙に耐え兼ね始めた頃、闇に閉ざされた何も無い空間に、無駄だと心の何処かで感じつつも、まだ見ぬ誰かに呼び掛ける。

 声は波紋のように広がり、波紋は何ひとつ見通すことの出来ない闇の中に吸い込まれていく。すると意外にも闇の垂れ込めた空間の一角が同調して揺らめくと、波紋の中心と思しき場所から一人の女の姿浮かび上がる。

 ライナスと同じく、彼女は一糸纏わぬ美しい姿でそこに居た。しかし、それ以上にライナスは、彼女の慈愛に溢れた瞳に心を惹き付けられた。

 一流の彫刻家が手掛けた作品の如き均整の取れた身体に、神秘的な雰囲気を醸し出す仄かに褐色の肌。膝まで伸びた真紅の髪は濡れているように艶やかで、小さな顔に愛らしい目鼻立ちをしている。そして優しさに満ちたルビーレッドの瞳がライナスの脳の一番奥をチリチリと刺激した。

「君は、誰なんだ?」

 口を滑らせるとはこの事か。

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