《MUMEI》

 彼女に魅せられ、半ば無意識に問い掛けたライナスの言葉に、それまで微笑みを浮かべ、愛おしげに彼を見つめていた彼女が円らな目をさっと伏せると、その瞳が悲しみの陰りに彩られ、彼女の姿が彼から徐々に遠ざかり始める。

「待ってくれ!」

 自分の失態に気付き反射的に追いかけようとするが、身体がまるで水の中を走るかのような緩慢な動きしか取れない。それでも必死に足掻き、あと一歩で手が届く所まで追い縋る。

 その間もずっと続いていた、あの脳の奥のチリチリとした感覚が、光を浴びた鏡のように一瞬の閃きを見せた。

「待ってくれ、ア――」


 ッッン――――


 音にならない音が闇を震わせた刹那、あとほんの小指の先程手を伸ばせば届いた彼女の身体。そのたわわに実る胸の谷間に小さな穴が穿たれた。

「あ……」

 女の顔から表情と生気が失せ、糸の切れた操り人形のようにライナスの胸の中へ倒れ込む。

「あ……あ……」

 繊細なガラス細工を扱うように優しく抱き締めるが、それとは裏腹に心が激情で荒れ狂い、ついには抑えることの出来なくなったそれが外へと一気に溢れ出た。

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