《MUMEI》

「ここ……だよな…………?」

 翌日の午前9時――――。

 あの後の事はあまりよくは憶えてないけれど、初老の男性に渡された名刺の裏に書かれた住所の場所に僕はやって来た。

 けど、ここは…………。

 もう一度、手にした名刺に目を落とす。

 住所は名刺の裏面に書かれている。そして表面には肩書きと名前が書いてあった。


『国土交通省霊障清掃局 局次長
        兼清掃課 課長
      櫻井 肇     』


 初めは、たまにバラエティー番組とかに取り上げられる、インパクト勝負の珍名会社か何かだと思っていた。

 しかし目の前にあるモノは、厳格をモチーフにしたような十数階のビルで、正面玄関には何十年もの年月を経た『国土交通省』と書かれた大きな陶板の表札が掲げられている。

 念の為、昨日の夜に『国土交通省』と『霊障清掃局』のワードでヤフーでググってみたけど一件のヒットもなかった。

 …………ひょっとして、からかわれた?

 合成革の黒鞄が重力に逆らわず手から零れ落ちた。クリーニングに出してパリッとさせておいた紺のリクルートスーツにシワが入るのもお構いなしに、国交省のビルの前で思わず頭を抱え込んでしまう。

 あぁぁぁぁぁ、なんて僕はバカなんだ。そんなうまい話があるワケ無いじゃないか。何を喜び勇んでこんな所までやって来てるんだ、僕は!?

 よくよく考えれば国家試験も何も受けてないのに、国土交通省なんて国政の一端を担う場所で働けるワケないじゃないか!

 もう嫌だ。就職浪人をからかって喜んでる老人がいるような、この世知辛い世の中に絶望した。

 帰って酒飲んでクダ巻いて、嫌なコトは何もかも、とことん全部綺麗さっぱり忘れてしまおう。

 拾い上げた鞄の土埃を払い落として立ち上がると、ビルに向かって回れ右をする。

「……………………」

 しかし、さっさと帰ろうと思ってるのに、どういうワケかはじめの一歩が踏み出せない。

 何をしてるんだ、僕は?この期に及んで、淡い期待を抱いてるんじゃないだろうな?

 早く動けよ、僕の足!恥を掻く前に早く帰ろうよ。

 でも今更、恥のひとつくらい増えてもやけ酒の量が幾らか増えるだけだし……。世の中には『当たって砕けろ!』って格言だってあるわけだし…………。

 いやいや、砕けちゃダメでしょ。どうして九分九厘デタラメな話に乗っからなきゃならないの?

 ん〜〜〜〜〜〜〜……………………
 よし――!

 今日の気分は『やらずに後悔より、やって後悔』だ!

 僕は再び回れ右して国交省のビルの中へと入って行った。

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