《MUMEI》 . 『26歳で、講師アシスタントしてるんでしょ?それって、凄く優秀なんじゃないの?』 興奮したような隆弘の声にわたしは笑って、「そんなことないですよ」と答えた。 「他に何も出来ないし…流れでやってるだけです」 5年前、学校を卒業したら、フランス語のスキルを使って、大きな企業で通訳として働きたいと思ってはいた。 しかし、日本でのフランス語通訳の需要が僅かだという現状を知り、その夢も早々と諦めてしまった。 ろくに就職活動もせず、結局は恩師が紹介してくれた、このアシスタントの仕事を、誘われるまま始めただけ。 ―――ただ、流れに身を任せた。 わたし自身、何一つ、努力などしていない。 わたしがそんな話をすると、隆弘は真面目な声で言った。 『立派な大学を出たって、偉い教授から学んだって、まともに働いてないヤツなんか、世界中にたくさんいる。皐月さんは一生懸命勉強して、ちゃんとフランス語に携わって働いているじゃないか。それだけで充分、努力してると、俺は思うよ』 隆弘の言葉を聞いて、わたしは、黙り込んだ。まず、驚いた。それから、嬉しくなった。誰かに、そんなふうに言って貰ったのは、初めてだったから。 両親ですら、わたしがアシスタントを始めた時には、良い顔をしなかった。 ずっと抱いていた通訳の夢を、挑戦することもなくさっさと諦めて、バイト紛いの職に就いたわたしに散々文句を言ってきた。辛いこと、苦しいことからただひたすら逃げ回る、愚かな『負け犬』だ、と。 ―――そんなわたしに、 隆弘は、隆弘だけは、言ってくれた。 『充分、努力してる』と。 そう言われて、わたしはずっと、誰かに認めて欲しかったのだ、と、ようやく気がついた。 わたしは、目頭に込み上げてくる熱いものを、零れ落ちないよう必死に堪えながら、「…ありがとう」と、やっとのことで、呟いた。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |