《MUMEI》 . ―――わたしを取り巻く空気が、とても穏やかだった。 こんなふうに男の人と、電話で話をするのは、何年振りだろう。 優しい空気に包まれて、わたしはすっかり隆弘との電話に夢中になっていた。 ****** すっかり打ち解けたわたし達は、それからも電話で色んな話をした。 学校のこと、仕事のこと、趣味のこと…。 話題が尽きることは、なかった。むしろ、お互いのことをもっと、もっと知りたくて、もっと知って欲しくて、ふたりして、夢中になって話をしていた。 『…もうこんな時間か』 不意に、隆弘が呟いた。その声にわたしは部屋の時計を見遣る。深夜の2時になるところだった。 『すっかり長話しちゃったね』 「本当。全然気づかなかった」 『明日も仕事?』 「はい」 『じゃ、同じだ』 どうでもいい会話をしたあと、急にふっつり言葉が途絶えた。 沈黙が、訪れる。 明日も仕事だ。いつもならこの時間はとっくに夢の中にいる。 けれど、わたしは電話を切りたくなかった。このままずっと、彼と繋がっていたいと、思った。 思いあぐねているわたしに、突然、隆弘は言った。 『今度、会えないかな?』 本当に突然切り出されたので、わたしは「え?」と声をあげた。隆弘は柔らかい声で、繰り返す。 『今日、皐月さんとこうやって話して、ちゃんと顔を見て話したくなった。時間がある時で構わないから…会ってくれないかな?』 そう提案された。 二人で、会う。 お互いの顔を見つめ合って、話をする。 裏があるのか、 真意は何なのか、 全くわからない。 それでも、わたしは、沸き上がる疑問たちを無視して、 「是非、お会いしたいです」 そう、答えていた。 . 前へ |次へ |
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