《MUMEI》

「さて、講演開始って何時だったか」
「十時だ」
ユウゴの問いに織田が即答する。
「十時か。まだ時間はあるな」
「ああ。だが、公民館まで歩いていかなければならない」
「ここから遠いのか?」
ユウゴか聞くと織田は電話帳の端を破ったらしき紙切れと、きれいに小さく折り畳まれた紙をポケットから取り出した。
「遠くはない。だが、近いわけでもない」
彼は紙切れの方をユウゴに見せながら言った。
そこには公民館の住所とどこかの駅からの行き方が書かれてあった。
「この駅ってどこだ?」
「ここから一番近い駅だそうだ。昨日、電話で聞いた」
その駅がどこにあるのかわからないが、とにかくこの近くの駅から公民館まではバスで三十分ほどかかるらしい。
たしかに何か乗り物に乗れば遠くはないが、徒歩で行くにはかなり距離があるように思う。
とはいえ、二時間かけて歩いたとしてもまだ余裕はある。
「道はわかるのか?」
ユウゴが聞くと織田は頷きながら小さく折り畳まれた紙を手渡してきた。
それを開くと、そこにはカラーで地図が印刷されてあった。
どうやらこのあたりの地区の地図のようで、ありの巣のように細かく張り巡らされた道の一本に赤いラインが引かれてある。
そのラインの先には目を細めなければ見えないほどの小さな字で公民館と書かれてあった。
「これ、どこで?」
「あのサウナのフロントで頼んだ」
「……怪しまれたりしてないだろうな?」
「俺が頼んだわけではないから、大丈夫だ」
意味がわからず眉を寄せたユウゴに織田は「サウナに泊まり込んでた若い浮浪者らしき奴に金を払って行かせたんだ」と説明するように付け加えた。
「そいつ、大丈夫か?」
「大丈夫だ。ちゃんと処理はした」
何をどう処理したのかはあえて聞かず、ユウゴは地図に視線を落とした。

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