《MUMEI》

「……はい」
高見の正確な説明にバツが悪そうにまた俯いてしまう少女
高見は困った風に笑って向けながら
「メシにするか」
少女からフライパンを菜箸を受け取ってやる
そのやり取りを眺めていた藤田は徐に踵を返す
「茶っぱも戴いた事だし、帰るわ」
「何だ。今日はえらくあっさりと帰るな」
「これ以上居てお前らに中てられたくないだけだ。じゃあな」
高見へと背を向けたままただけを振って返し、藤田は井上を連れ立ってその場を後に
歩く事をしながら、井上はふと考えを巡らせる
居なくなったと聞かされた(お嬢様)の存在
今、一体何所に行ってしまっているのか
だがそれを藤田に問うていいのか、何となく躊躇する
「……財布忘れた」
暫く後、藤田が徐に呟いた
どうやら先の店に財布を忘れてしまったらしく
井上を都合よく近場にあったベンチへと座らせてやると
待っている様告げて、踵を返すと藤田は走り出していた
「ドジ」
その背へと舌を出して向け
だが井上は言いつけ通りその場にてボンヤリと藤田の帰りを待つ
履きなれないハイヒールにすっかり浮腫んでしまった脹脛を手でほぐして居ると
「へぇ。キミがアイツの新しいお嬢様か」
唐突に声をかけられた
そちらへと向いて直れば、一人の男がそこに立っていて
全く見覚えのない井上はあからさまに怪訝な顔だ
「何?っていうかアンタ誰?」
「名乗る程大層なモンじゃないよ、僕は。ただ……」
言葉をわざとらしく途中で区切り
井上の耳元へと相手は唇を寄せながら
「あいつには、気を付けなって忠告、してあげようと思っただけだから」
笑いながら何故か楽しげに呟いていた
話の感じからどうやら藤田の知人らしく
だがその言葉は何やら含んだ様な感じで
井上はどうしてか気分を害された様に感じる
「アンタ、あいつの知り合い?」
不機嫌な表情も顕わに問うてみれば
だが相手からは何の返答もなく
井上へは手を振って返すとその場を後にしていた
「……何なの?あいつ」
去っていく後ろ姿をまた睨みつけ、子供の様に舌を出して向ければ
「何、ぶっさいくな面してんだ。お前は」
背後から呆れている様な声が聞こえ
同時に額へと冷たい缶ジュースが当てられた
突然のソレに驚きながらも
喉が丁度乾いていたため、礼を一言でそれを受け取る
「美味し」
一口飲み、その心地のいい甘味に胸をなでおろす井上
単純な事に、それだけの事で先程の怒りなどすっかり忘れてしまう
「アンタ、飲まないの?」
井上が飲む様を唯眺めるばかりの藤田へと首をかしげて見せれば
その手首が不意に取られていた
「な、何?」
突然の事に狼狽る井上を他所に
藤田は何食わぬ顔で井上が握っている缶ジュースをそのまま飲んでいた
「甘っ……!お前、よくこんなの飲めるな」
どうやら甘いものが苦手の様で
自身で選んでおきながらもこの言い草だ
しかし井上してみれば藤田が飲んだ缶の方ばかりが気に掛ってしまう
「どうかしたか?」
無意識に真っ赤になってしまっていたのか
だがその理由を藤田は理解してはいない様で、どうしたのかと訝しげな顔
「な、何でもない!」
慌てる様に声を返し、井上は意を決し缶ジュースを飲みほしていた
ごちそうさまと手を合わせ、缶を捨てに行こうと脚が痛んでいる事もすっかり忘れ歩く事を始める
「ちょっと待て」
途中何故か引き留められ、何事かと振り返ってみれば
目の前に、靴が差し出された
今履いているソレとは違う、ヒールの低いパンプス
「……これ、どうしたの?」
「テメェ、脚痛ぇって言ってたろ。だから途中で買った」
「途中でって、アンタが?」
「だからそう言ってんだろうが。テメェ人の話聞いてたのか?」
「これを、アンタが……」
女物のこの靴を一体どんな顔で購入したのか
ソレを想像してみれば、どうしてか可笑しく思えてしまう
「ありがと。履かせて貰うね」
笑い雄になってしまうのをなんとか堪え、
ソレを受け取り履き換えてみればソレは井上の脚のサイズ丁度だった
「……痛く、ない」
「そりゃ良かった。帰るぞ」
差して興味なさげな藤田は踵を返しそのまま家路へ
先へと歩いて行ってしまう藤田の後を、井上は慌てて追いかける

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