《MUMEI》

「まぁ、そこら辺は実技で見せて貰えれば解る事か」

 櫻井さんの呟きが聞こえる。そうか実技試験があるのか。けど、実技って何をやるんだ?こんな地下に降りてきて。

 その時、丁度エレベーターが動きを止めた。随分長く乗っていた気もするけど、いったいどこまで降りてきたんだろうか。

「それじゃあ、高橋君こっちに来てくれるかな」

 促されるままにエレベーターから降りると、そこは体育館程の広さのある、がらんどうの空間だった。

「広…………」

 我ながら陳腐な感想だとは思いながらもついつい呟きを漏らしてしまう。

 この部屋の出入口は後ろにあるエレベーターと、向かい側の壁にある両開きのメタリックな扉の二ヶ所だけ。天井にはLEDパネルが全面に取り付けられていて、なんの材質で出来ているのかいまひとつ解らない真っ白な床や壁を隅々まで照らし出している。四方の壁の2階や3階の高さに当たる場所には、この場所を見下ろすようにガラス張りの窓が幾つもあった。

「さてと……それじゃあ、そろそろ始めようか」

 背中越しに櫻井さんの声。振り返ると上着を脱ぎ、両手に黒皮の手袋をはめて、軽くステップを刻む初老の姿。しかし、その動きはとても老い始めた人間のモノとは思えない。

「始めるって何をですか?」

「何をって、即戦力としてやっていけるかどうかの実技テストに決まってるじゃないかっ…と!」


 ダムッッ!!


 言葉尻を吐くと同時に前へ出る。そのスピードが犯罪者を追い詰める警察犬の突進のように速い。

「うわぁっっ!!」

 僕はもんどりうって初老の突進から逃げる。

「何だ何だ?随分と情けない避け方をするじゃないのっ!」

「実技って、殴りあいなんですか!?僕、格闘技なんて出来ませんよっ!」

「別に私のスタイルに合わせなくても、自分の得意なジャンルで対応してくれれば全然構わんよ。使うエモノは符術かい?それとも式神かい?」

 柔和だった櫻井さんの顔が、獲物を狙う狩猟犬のように険が入る。物言いも若干荒々しく聞こえた。

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