《MUMEI》

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―――父は、癌だった。



医者の診断によれば、肝臓のすぐ近くにある胆嚢が癌に侵されているらしい。最初の手術のとき、小難しい専門用語を並べて、詳しく説明されたが、頭の悪いわたしには、単に、父の容態がかなり良くないということしか理解できなかった。

発覚した時にはもう手遅れで、余命幾ばくもないことを宣告されてから、すでに1年が経つ。


この前、医者に会った時、父の『リミット』はとっくに過ぎていると、言っていた。だから、なるべくその命が長らえるようにと、今までよりも抗がん剤の量を増やして、投与することを提案してきた。

現在の抗がん剤は、昔のものより副作用が出にくくなっていると説明を受けて、わたしを始め、他の家族も、父が少しでも長く生きられるならと、その治療に賛成した。


―――しかし、


最善と思っていたその延命治療は、今の父の身体にとって、想像しがたい苦痛を伴っているようだ。


痛ましい父の姿から目を逸らし、ゆっくり室内を見回すと、テレビが置かれているサイドテーブルに、見慣れない雑誌が置かれていることに気づく。

手に取ってみるとそれは、若い女性向けのファッション誌だった。
わたしが知る限りでは、父にはこんな雑誌を読むような趣味はない。

雑誌を片手に、不思議に思っていたわたしに、


「今日、睦月が来た…」


父が小さな声で言った。

こちらを見つめている父の方へ視線を向けて、わたしはゆるりと瞬いた。


睦月(ムツキ)は、わたしの4歳離れた妹で、ホテルスクールを卒業した後、都内のシティホテルでベルガールとして立派に働いている。

不規則なシフト制の仕事であるにも関わらず、彼女も闘病している父の為に、暇を見つけてこの病院に通っているのだった。


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