《MUMEI》

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「睦月が?」と尋ね返すと、父は弱々しく頷く。

「読み終わったから、お前にやると言って置いていった。ちょっとはオシャレの勉強しろって言ってたぞ」

父の台詞を聞き、わたしは半ば呆れた。そんなことを言いながら、実はただ単に、自分で雑誌を捨てるのが面倒だっただけなのだろう。あの、物臭な睦月が言いそうなことだ。


わたしはため息をつきながら、適当に睦月が買った雑誌のページをパラパラとめくった。雑誌の至るところに、今をときめくモデル達が美しく着飾った上、営業用の笑顔が写し出されているだけで、ちっとも興味が沸かない。

流し読みするのも飽きて、わたしは雑誌を元の場所へ戻した時、父がゆっくり身体を起こし、ベッドの傍にある冷蔵庫に手を伸ばした。

大方、飲み物を取り出したいのだろう。確か、冷蔵庫の中には大量に買いためた、ミネラルウォーターが入っていた筈。

しかし、父は充分に身体を起こしきれず、あと少しの所で、手が届かない。骨張った手が、虚しく空を切るだけだった。

見兼ねたわたしは腰をあげて、冷蔵庫のドアを開けてやると、父はだらしなく手を伸ばしたまま、「水…」と、譫言のように呟いた。
わたしは黙ったまま、冷蔵庫の中からミネラルウォーターが入った、冷たいペットボトルを取り出し、父に手渡す。父はそれを受け取り、ゆっくりキャップを外して、ちびちびと飲み始めた。



ベッドの上で、小さく背中を丸めて水を飲むこの男の人が、かつて、わたしの向上心の無さを散々声高に叱りつけた父親と、同一人物とは、到底思えなかった。



―――父は昔から、絵に描いたような仕事人間だった。

若い頃、一級建築士の資格を取った父は、北海道の田舎町から独り上京して、大手のゼネコンに就職した。順調に出世を重ねて、わたしが幼い頃にはすでに、現場責任者として日本全国津々浦々、あちこちを飛び回っていた。

己の仕事を誇りに思い、家族より何より、自分の仕事を優先させていた。

今のポストを勝ち取る為に、自分が相当努力してきたからだろう。『まともに仕事をしない奴らの気が知れない』というのが、父の口癖だった。父は、仕事に対する向上心の無い人間を、最も嫌っていた。


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