《MUMEI》 悲しい響き. 病院から外に出てすぐ、正面玄関で待っていたタクシーに乗って駅へ戻った。 夜の駅前通りは、先程、夕方に歩いた時よりも、たくさんの人達で賑わっていた。すっかり酔っ払ったサラリーマンや大学生らしき若者が、馬鹿に明るい声で喚き散らしている。 タクシーから降り立ったわたしは、その人混みを縫って、一目散に駅の改札へ小走りに向かった。 改札口を通り抜け、ホームに降りるとちょうど良いタイミングで電車が滑り込んでくる。今日はついてるみたいだ。 電車のドアが開くと同時に、大勢の人がホームに降りてくる。一群を見送ってから、わたしは真っ先にその電車に乗り込んだ。そのまま、逆側のドアの前に移動した。 ドアが閉まり、電車が動き出す。 ガタンゴトン…とリズミカルな音と共に、振動が身体中を伝わる。 車窓に広がる、真っ暗になった夜の闇の奥を見つめて、わたしは言い様のない不安を感じていた。 今日の父の様子から、もう長くはないことを、何となく覚った。 ―――父が、いなくなる。 この世から、消え去ってしまう…。 それはわたしが到底想像出来ないような、恐怖だった。 …神さま。 心の中で静かに祈りながら、わたしは目の前の闇を遠くへ追いやろうと、ゆっくり目を伏せた。 ****** 今夜、約束していた友人は、佐伯 亜美(サエキ アミ)という女の子だ。 高校生だった頃、わたしはいつも亜美と一緒にいて、仲良くしていた。 高校卒業後も時々、彼女と会っては近況を報告している、大切な親友だ。 亜美との待ち合わせ場所に着くと、すでに彼女はそこにいた。 手持ち無沙汰だったのか。携帯を片手に、何やら画面を食い入るように見つめて、わたしの姿に全く気づいていないようだった。 わたしは亜美に笑顔で駆け寄り、「お待たせ!」と、弾んだ声で言った。 「ごめんね、遅くなっちゃって」 声をかけると、亜美は携帯から顔をあげて、わたしを軽く睨んだ。 「ホントよ、随分待ったわ。死ぬほど感謝してよね」 相変わらずの亜美に、わたしは苦笑しつつ、二人並んで歩き始めた。 . 前へ |次へ |
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