《MUMEI》

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二人で向かったのは、駅前の繁華街の路地裏。

狭い道の両脇には、たくさんの居酒屋が並んでいる。

その中の、古びたメキシカンバーに、わたし達は入った。



ここは、学生時代から、わたし達がよく利用している飲み屋で、知る人ぞ知るといった感じの、落ち着いた雰囲気が魅力的なお店だった。

わたしと亜美は通されたテーブルに座り、ウエイトレスにビールとタコスを頼んだ。ここのタコスはわたし達の大好物だった。

「やっぱり、ビールとタコスに限るね〜!」

出来立てのタコスを頬張りながら、満足げに笑う亜美を見て、わたしも笑った。


そんな感じで適当な話題を繰り広げ、そこそこお酒も進んできた頃、

「今日は休みだったの?」

突然、亜美が切り出した。わたしは口の中にあったタコスを飲み込んで、首を振る。

「仕事だよ〜。でも早く終わったから、病院寄って来た」

わたしの返事に亜美は少し声のトーンを落とす。

「…お父さん?」

わたしは飲みかけのビールを口に含んで、黙ったまま頷いた。

亜美は、父のことを知っていた。癌宣告を受けた時、どうしたらいいのか判らなくなって、わたしから彼女に打ち明けた。今では、父の病状について知っているのは、万が一の時、迷惑をかけるだろう職場の人間と、この、目の前にいる亜美だけだった。


何も答えないわたしに、亜美は表情を曇らせ、「具合、良くないの?」と不安そうに尋ねてくる。

それを誤魔化すように、わたしは首を傾げた。

「わかんない。でも最近、上手く身体が動かせないみたいなこと言ってた」

さっぱりと答えると、彼女は「…そっか」と呟き、フォークで皿に残っているタコスをつついた。何と言って良いのか判らないみたいだった。

亜美が口をつぐんだことに、わたしは安心した。今は、父のことを考えたくなかった。久し振りの友人との会食を、ただ気楽に楽しみたかった。


少し間を置いてから、わたしは亜美の顔を見て、「…そんなことより」と話題を変えた。

「実はね、この前、びっくりすることがあって…」

そう言って、わたしは亜美に隆弘と出会ったことを話した。あの、風のような出会いから、二人を繋いだ電話の夜、それからお互いに交わした、数々のメールのことを。


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