《MUMEI》 . 一通りわたしの話を聞いた亜美は、ただ一言、「…ふぅん」と、歯切れの悪い返事をした。 「そんで、来月、その人と会うんだ?」 流れで聞いた、と言わんばかりに亜美は尋ねた。わたしは嬉々として頷く。 「すぐにでも会いたいって言われたんだけど、どうしても予定が合わなくって」 まるで、のろけるようにそう言うと、亜美はまたしても、「…へぇ」と無感情に唸った。いつもであれば、亜美はこういった恋バナが大好きで、すぐさま飛びついてくるのに。 わたしは、そんないつもと違う亜美の反応を不思議に思って、「どうかした?」と尋ねた。 亜美はわたしから目を逸らし、ビールグラスを手に持つと、「…別に」と呟きながら、静かにそれを唇に寄せた。 「…信頼できそうな人なの?」 唄うように言葉を紡いだ彼女に、わたしは「え?」と、聞き返した。 亜美はゆっくりビールを飲み干すと、グラスをテーブルに置き、俯いた。 「皐月の全部を、まるごと受け止めてくれるような、ちゃんとした相手なのかってこと」 静かに続けられた言葉に、わたしは黙り込む。 信頼。 ちゃんとした相手。 判らない。だって、隆弘と出会ってまだ、間もないのだ。 黙り込んだわたしの耳に、亜美の柔らかな声が流れ込んでくる。 「いい?男女の間で、何かがあったとき、傷つくのはわたし達、女なの。だから、わたし達は慎重に男を見定めなきゃならないの。他でもなく、自分の為にね」 わたしは、亜美の顔を見た。彼女はやっぱりわたしを見ておらず、テーブルに置かれた空のグラスをぼんやり眺めていた。 亜美が、こんなふうに説教じみたことを言うのは、珍しかった。酔っているのだろうか。だが、そんな気配はない。 思いあぐねているわたしに、亜美は、「…皐月には」と、小さな声で呟いた。 「わたしみたいな想いを、して欲しくないんだよ」 透明感のある声。鼓膜を震わせ、脳までダイレクトに届くような、悲しい響き。 わたしは亜美を見つめて、「亜美ちゃん…」と呻いた。 ―――それよりも早く、 亜美は、口にしたのだった。 「わたし、妊娠してるの…」 . 前へ |次へ |
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