《MUMEI》 . …どうしたのだろう。 何か、あったのだろうか。 心配になって、わたしは隆弘の携帯に電話をかけた。しかし、彼が電話に出ることはなく、留守番に繋がってしまった。 無機質な留守番の音声を聞きながら、わたしは電話を切り、 ―――不意に、思い付いた。 携帯を操り、受信ボックスに残っている、膨大な量の、隆弘から送られたメールを確認する。 続けて着信履歴を見た。 確認したのは、日時。 携帯から目を離し、部屋の壁に掛かっている、カレンダーを見つめる。 …まさか。 そう思った。 土曜日と日曜日に、隆弘から連絡があったことが、ない。 全てを確認して、 愕然とした。 ―――ごく一般的に、 オフィス勤めのサラリーマンは、土日定休。 彼らは、その貴重な休みを、普段出来ないこと、または普段からやりたかったことの為に、有意義に使う。 …そう。 例えば、 大切な、家族と一緒に過ごす為に。 上手く、呼吸が出来ない。額や、背中や、わきに…身体中に嫌な汗がじっとりと浮かぶ。 何度も何度も、携帯とカレンダーを見比べていた。 …うそ。 そんな筈、ない。 だって、隆弘は、あのカフェテラスで、 わたしに『一目惚れをした』と、 そう、真っ直ぐ話してくれた。 あの言葉に、嘘偽りは、ない筈だ。 携帯電話を見つめて、 思い浮かんだのは、 優しく微笑む隆弘と、 顔も名前も知らない、女の人が仲睦まじく過ごす姿。 …違う。 チガウ、チガウ、チガウ… 一生懸命、心の中で否定しながらも、どこか一片、その幻影を肯定してしまう自分がいた。 不意に、 亜美の声が、彼方から蘇ってきた。 ―――…信頼出来そうな人なの? …ちがう。 隆弘は、不倫なんかする人じゃない。 わたしは、彼を、信頼している…。 . 前へ |次へ |
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