《MUMEI》

「待てっ!」

「…………何だ?」

 片手だけをドアに突っ込みライナスに顔を向ける彼に、しかし二の句が続かず言葉に詰まり、睨み返す事しか出来なかった。

 クセの強い黒髪を腰の下まで伸ばし、髪の下に収まる顔は色白で彫りが深く、レヴィルと同じ金と銀の瞳を丸ブチのサングラスで隠していた。


 バリッ――――!!


 その顔を目にした瞬間、ライナスの記憶がフラッシュバックする。


『――生きたいか』
 雪のちらつく夜の闇。
 その闇から視界の一角を切り取るように現れ、血に塗れた俺を見下ろし、そう言葉を紡いだ影――。


 突然の記憶の奔流に立ち眩みに似た軽い目眩に襲われる。

「おかしな奴だ。用が無いのなら呼び止めるな」

「……俺を生き返らせたのは、あんたか?」

 その言葉にブラッドの動きがピタリと止まる。ドアから手を抜きライナスを正面に見据えた。

「生き返らせたと言うのは少し語弊はあるが……お前にはまだ死ねない理由があったのだろう?」

「確かに死にたくないとは言ったかもしれない……しれないが、ナイトウォーカーなんて化け物に堕ちてまで生きたいと願った覚えは無い!」

「神を裏切り悪魔に魂を売ってでも生きたいと願ったのを忘れたのか?」

「主に仕え、教儀と秩序の守護の為に神明を賭す誓いを立てた戦教士の俺が、そんな世迷い言を口にする訳が無いだろうがっ!」

「教儀と秩序の守護がどうのという話は知らんよ。まだ記憶の混濁が収まってないから思い出せないだけだろう」

「じゃあ聞くが、何故俺は主を裏切るなんて荒唐無稽な言葉を口走ったんだ?」

「そんな事、俺が知るワケが無いだろう。
 よく思い出してみるんだな。貴様の信じる主とやらの導きに砂を掛け、闇に堕ち汚泥に塗れても成し遂げたい、成し遂げなくてはならない、それ程強い未練があったんじゃないのか?」

「俺にそんな未練なんか……」

 そう口では反論しつつ、ライナスはもう一度記憶の海に潜り込む。

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