《MUMEI》

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…このままじゃ、いけない。



最寄り駅に着くなり、わたしは電車から駆け降りた。小走りで改札口を抜け、そのまま駅ビルに入る。


息急ききって駆け込んだのは、

メガネショップが併設された、コンタクト診療所。


白い蛍光灯が輝くディスプレイ台には、たくさんのデザインの眼鏡が並べてあった。


呼吸を整えながら、奥にあるカウンターにゆっくり近寄り、

そこで下を向いて作業していた店員に、

声を、かけた。



「コンタクトを、買いたいんですが…まだ、診察していただけますか?」



******



コンタクトを買ったのは、実に、3年振りだった。


3年前、大切な人との辛い別れを経験してから、

わたしは眼鏡で顔を隠すようになった。



素顔をさらすのが、怖かった。

ありのままの自分をさらけ出して、拒絶されることが。



それでも、わたしが眼鏡を外そうと思い立ったのは、

他でもなく、隆弘の為だった。


彼と会うのは今週の金曜日―――つまり、明日。


明日、いつもとは違う、少しでも綺麗な姿で、隆弘の隣を並んで歩きたい。


本当の、わたしの姿を見て貰いたい。



だって、

彼は、わたしに一目惚れをしたと言った。



本心かどうかは判らない。今となっては、信用しきれない可能性も出てきた。


疑わしいことはたくさんあるけれど、


この時は、ただ、



彼の言葉を信じたい自分がいた。


******



診療所をあとにして、自分の部屋に帰ってすぐ、衣装ケースの中に押し込んでいたワンピースを引っ張り出した。

ヨット柄のプリントが施された、ネイビーのマリン系ワンピース。

昔、わたしの一番お気に入りだった服だ。


姿見の前に移動して、そのワンピースを身体にあててみる。サイズもさほど昔と変わっていないし、少しデザインが若い感じがするが、普段の適当な服装と比べたら、充分上等だ。今でも充分着られる。


薄暗い部屋の中で、わたしは鏡に映った自分と、静かに向かい合っていた。



明日の、隆弘との約束に、期待と不安を胸踊らせながら。



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