《MUMEI》

濃の答えに、正秀は眉をひそめる。

「一体どちらへ?」

「さあ…判りかねます」

「お尋ねにはならなかったのですか?」

「伺いましたが、お答えになりませんでした」

埒の明かないやり取りを、淡々と答える彼女に、正秀はあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた。

深い深いため息をひとつついて、彼は「感心できませんな」とぼやく。

「奥方ともあろうお人が、ご自身の夫を蔑ろにするなどとは…」

突然の非難の言葉に、今度は濃が眉をひそめる。

「蔑ろにしている訳ではございません」

はっきりと否定した濃をチラリと見遣り、正秀はまたため息をついた。「ならば…」と固い抑揚で言葉を紡ぐ。

「今宵、大殿様が殿を訪ねて、この那古野城へお出でになるのはご存知ですか?」

その問い掛けに濃は、「存じております」と頷く。

その話なら、前以て信長から聞いていた。
昼間、大殿・織田 信秀に呼び出され、末森へ向かったが入れ違いになったので、那古野へ来るよう家来に言伝てた、と。

すると正秀は、眉を吊り上げた。
「御方様は、それをご存知の上で殿の外出をお許しになったのですね?」

その言い方は、濃を追い詰めるものだった。

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