《MUMEI》

濃は一度瞬き、正秀の顔を正面から見据える。

「殿には殿のお考えがおありなのです。それをわたしがとやかく言える謂れはございません」

胸を張り、毅然として答える彼女に正秀は意地の悪い目を向け、「成る程…」と興味深そうに唸った。

「どうやら殿は、御方様に心を開いていないようですな」

正秀の呟きに、濃は目を伏せ、「その通りでしょうね」と小さく答えた。


かつて信長は、面と向かって濃のことを、『蝮の回し者』とはっきり言い放った。その言葉から、信長が濃に心を開いていないのは火を見るよりも明らかだった。

事実である以上、濃は政秀の台詞にうなずくほか、仕方なかった。

濃が簡単に認めたことが気にくわなかったのか、政秀はフンと鼻を鳴らし、「恐れ多いですが…」と言葉を続けた。

「殿が未だ、心を開かないのは、御方様に原因があるのでは?」

彼の言葉が聞き捨てならず、濃は眉を吊り上げて、「どういうことでしょう?」と尋ねた。

「その原因とやらの理由を、是非、お聞かせ願えますでしょうか?」

夫婦不仲の全ての責を、自分独りに負わせるような言い方をする政秀に怒りを覚えて、濃にしては珍しく厳しい声で詰問した。

しかし、露骨に感情を顔に出した濃に怯むこともなく、政秀は軽く息をつき、「申し上げにくいですが」と前置いて、言った。


「…御方様が殿のことを、他人事のようにおっしゃるのは、真の夫婦の契りを交わしていらっしゃらないからでしょう」

静かに放たれた正秀の言葉に、濃は驚いて口をつぐんだ。

まさに、その通りだった。

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