《MUMEI》

 しかし欠落した箇所や混線した箇所が、最近の記憶と思しきモノ程著しく、まともに思い出せたのは古い、子供の頃育った教会での思い出の幾つかと自分の名がライナス・スターリングだという事、そしてサクラ大聖堂の戦教士部隊第一隊の隊長である事ぐらいで、何故自分は今ここに居るのか、何故自ら望んでナイト・ウォーカーなんて理解の範疇を越えた化け物に成り果てたのかなどといった経緯は何一つ解らなかった。

「思い出せ無いなら手伝ってやろうか?」


ガッッシャァァァーーーーンンンッッ!!


 記憶を探る為ブラッドから意識を外したのは、時間にすれば僅か一秒に足るか足らないか。ライナスの耳元で低音の声が響いたかと思えば、次の瞬間、彼の身体はけたたましい音を立てブラインドで閉ざされた窓を突き破り、ガラス片や木枠のかけらを巻き込んで空中を舞っていた。

 ライナスの身体は馬車二台がギリギリ通れる程の広くもない通りの上を横切り、向かいのレンガ造りの壁にぶち当たると、三階程度の高さを雨樋やひさしに身体のあちこちをぶつけながら落下する。

 陽は遥か地平の彼方に没し、辺りは闇がその腕を広げ、幸か不幸か通りには人の気配は全く無く、似たような古ぼけたレンガ造りの背の高い家が見下ろす、石畳の道が左右に続くのみだった。

「げほっ。げほっげほっ、がはっ」

 背中から固い石畳の上に落ちたせいで呼吸もままならない。

「何だ。受け身ひとつ取れないのか」

「ぐっ、くぅ……何を」

「なに、眠った記憶をたたき起こす為の、ただのショック療法ってやつさ」

 ライナスが突き破った窓から音も無く石畳の上に降り立つブラッドは、彼に向かって手にした何かを放り投げる。

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