《MUMEI》 . 不思議顔のわたしに、その生徒は照れくさいのか、わたしから視線を外し、鼻の頭を擦りながら答える。 「だって、今日の山本さん、いつもと雰囲気が全然違うんだもん」 そこまで聞いてわたしは、あぁ成程、と納得した。つまり、いつも適当な格好をしているわたしが、今日に限って女性らしく着飾っているから、調子が狂ったと言いたいのだ。 わたしはチェック表を胸に抱え、生徒を正面からじっと見つめて、下ろした髪を耳にかけながら微笑んで見せた。 「悪い影響を与えちゃうなら、こんな似合わない格好、しないほうがいいかな?」 わたしの冗談に生徒は慌てて、「そんなことないです!」と早口でまくし立てた。 「ものすごく似合ってますよ!キレイです!」 物凄い勢いでそう褒めてきた生徒をわたしは軽く睨んで、「お世辞は聞きません」と答えた。 「褒めたって、発音評価は変えませんからね」 あえて意地悪して言うと、生徒は「お世辞じゃないですって!」とまた慌てた。 「ホントにホントですよ!授業の後、デートに誘いたくなっちゃうくらい!」 生徒の台詞にわたしは笑い、「はいはい」と軽くあしらって、その場から離れた。 ****** ―――多分、調子に乗っていたのだと思う。 少しばかり身支度をキレイにしただけで、皆からちやほやされて、悪い気はしなかったし、このあと、隆弘とのデートを控えていたから、すっかり浮かれていた。 有頂天になりすぎて、 いつもの警戒心とか猜疑心を、どこかへ忘れてきてしまっていた。 …だから、 この時のわたしは、そのあとに待ち受ける『しっぺ返し』を、全く予期することなど、出来なかったのだ。 ―――3年前の、 『あの日』のわたしのように。 ****** 前へ |次へ |
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