《MUMEI》 「あっあぅあぅ…」 血の気が引いていく。 先生は深く息を吐くと、扉に向かって行った。 「―少し、休憩しよう」 「はっはい…」 バタンと扉が閉まる音が、重く聞こえた。 イスに寄り掛かり、わたしは天を仰いだ。 …今の先生に変わってからというもの、わたしの演奏はとんでもないものに変わってしまった。 あの先生の前では、指が言うことを聞いてくれない。 まるで壊れたオルゴールのような曲ばかりが、わたしの指先から生まれるのだ。 …あの先生とは、昔からの顔馴染み。 カッコ良くて、面倒見が良くて、子供好きな人だ。 正直言えば、初恋の人。 わたしがここへ来たばかりの頃、先生はまだ高校生だった。 練習室に一人待たされ、前の先生と両親が待合室で話をしていた時、高校生だった先生がやって来た。 そしていろいろ話をしてくれて、リラックスさせてくれた。 この教室に通い続けるのも、先生が目当て…なところもある。 けど…。 3年前まではコンクールで賞を取ったり、マスコミの前に出たりと、それなりに有名だったわたしが…今ではこんな有様。 周囲は優しかったけど、期待は大きい。 でも先生は根気良く、指導してくれる。 何故だか、先生の前だけは、とんでもない演奏になってしまうのに…。 浮かぶ涙を拭い、わたしは再びピアノに触れた。 そして、課題曲を弾く。 思い描いていた通りの音が、指から流れてくる。 前へ |次へ |
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