《MUMEI》

.

どこか懐かしく、とても暖かい、その声。


わたしはハッとして、勢い良く顔を上げる。

その、眼前に、

スーツ姿の隆弘が、立っていた。



彼はわたしの顔を確認して、ホッとしたように頬を緩めて、

「久しぶり」

柔らかく、囁いた。


途端にわたしは緊張してしまい、「お久しぶりです」と、固い声でかしこまった。

そんなわたしの様子を見て彼は笑い、「なに、それ?」とからかうように言った。

「他人みたいな言い方、しないでよ。寂しいじゃん」

そう言ってから彼はわたしを促して、歩き始めた。わたしも、履き慣れないヒールで、一生懸命彼の後を追った。


甲州街道を歩きながら、突然、隆弘はわたしを振り返った。

「何か、前と雰囲気変わったね?今日、眼鏡、かけてないんだ?」

いきなり言われてわたしは戸惑ったが、精一杯笑顔を浮かべて答える。

「コンタクトにしたの。今日の為に、一生懸命おめかししてきました」

わたしの返事に、隆弘は「そっか!」と軽やかに笑った。

「それは光栄です」

「でも、こういう格好久しぶりだから、何か変な感じで…今日ずっと、皆にからかわれた」

自虐的にそう言って、わたしが笑っていると、隆弘はごく自然な様子で、

「よく似合ってるよ。かわいい」

さりげなく、そんな誉め言葉を添えた。


『かわいい』


今日一日で、たくさんの人から言われた言葉だが、今、隆弘に言われたものが、一番嬉しかった。

照れ臭くなり、わたしは隆弘から顔を背けて俯いた。

隆弘はそんなわたしの心情を知ってか知らずか、話題を変える。

「和食好きって言ってたよね?」

その言葉にわたしは顔をあげた。それは以前、隆弘にメールでわたしがリクエストしたものだった。
隆弘は続ける。

「良い店があるんだよ。すぐそこ。先の交差点曲がって、じきにある」

隆弘の案内に従って、わたし達は飲食店が入ったビルのエレベーターに乗った。



.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫