《MUMEI》

 今日もまた一人、居るべき場所から誰かが消えていた
その痕跡の全ては早々に取り払われ
まるで最初からいなかったかのような扱いをうける
その変化に、人はうろたえ、ひどく動揺するばかりだった
「……ヒトは、愚か」
地方都市にある片田舎
古めかしい家屋が立ち並ぶその中の一つ
その縁側に、ぼんやり座り景色を眺め見る少女の姿があった
「……全てが、歪んでいく。ヒトはソレに気付かないふりをしてる。本当に愚か」
暑さも漸く和らいできた夏の終わり
遠くで蜩のなく声を聞きながら暫くそのままで居ると
「……黒助、居る?」
徐にヒトを呼んでいた
呼ばれたその男・相田 黒助は返事を返す事は取り敢えずせず
気配も少なく呼ぶ声の傍らへと馳せ参ずる
隣へ座る様言ってくる少女、その言葉通りに腰を降ろす相田
その膝の上へ少女はさも当然と腰を降ろす
「どうかしたか?お嬢。随分と浮かない面だが」
珍しく甘える様な素振りを見せる相手へ
相田は僅かに肩を揺らしながらその事を示唆してやる
少女はだが何を言う事もせず、相田の着物の裾をやおら掴みながら
「……蜩の声が、うるさい」
「は?」
まるで何にか聞かれたくない音を隠そうとでもしているかの様に
その日はやたら蜩のなく声が耳に障った
胸の内を不意に過る不安
そしてすぐ後、その不安を煽るかのように誰かの悲鳴が村中に響きわたる
「何事?」
耳に益々障るその声に、少女の視線はまた外へ
草履も履かず外へと出ようとした少女を、相田が引き止めていた
「黒……」
「俺が見てくる。お嬢は此処にいろ」
笑みを口元へと浮かべながら少女の頭の上で手を軽く弾ませ、そして相田は外へ
「……えらく敏感になってんな。お嬢の奴」
少女の様子を気に掛けながら
相田は叫ぶ声の聞こえた場所へと脚を運ばせる
ソコは村の中央
普段なら多目的な広場としてヒトが様々な事をしているのだが
この日だけは、何か様子が違っていた
「……た、助けて!」
ソコヘと到着するなり其処に群れている群衆の中から一人
相田に助けを求めながら慌てた様子で縋り付いてくる
見ればその人物、何故か両の出が血に塗れていた
何があったかを問うてやるより先に
「……あいつが、俺の指を、俺の指を喰いやがった!」
血塗れの手を相田へ
差しだして向けながらその男は懸命に訴えてくる
だが言葉足らずなその説明では状況理解するまでには至らず
相田は男が走ってきた方へ視線を向け、そして進む
其処に集まる人だかりを漸く抜けた、そこには
異様と言って言い過ぎていない光景が広がっていた
「……一体、何が起きてやがる?」
ついそう呟いてしまったのは、目の前に見える何かの所為で
其処に見えたのは人の身
だがそれは見る間に全ての普通を失っていく
相田の見ているその目の前で、その人の身はヒトの全てをゆがませていった
「……漸く、見つけた。私の、指斬り様」
完璧に人の形と認識出来なくなってしまう程の姿になってしまったソレに
ヒトが集っているその背後から、か細い声が聞こえてきた
ヒトの波を掻き分けながら
声の主は最早人でなくなってしまったモノの傍らへ
近く寄ると、そのモノをさも愛おしげに腕へと抱く
「……今日和、(孤春)。私は琴音。貴方を、ずっと待ってたの」
さも嬉しげにそれを強く抱きながら
その少女・琴音は朧げでしかないソレをしっかりと抱きしめていた
「……あなたに、この子はわたさない。琴子」
琴子を睨みつけながら、琴音はゆるり踵を返す
「……悪いけれど、要らないわ。そんなもの」
立ち去っていくその背へと、さして感情の籠らない声を、向けてやれば
琴音の脚が、どうしてかピタリと止まっていた
「……今は興味なんてなくても、いずれあなたもこの力を必要とする時が来る筈。……絶対に渡さない」
それだけを琴子に伝えると、その姿はふわり消えて行く
その跡を追おうと相田は土を蹴るが
「……いいわ、黒。追わなくていい」
琴子に引き留められ、その場に留まった
唯立ち尽くすばかりとなった相田の傍らへ
琴子は音も静かにゆるり歩み寄ると、徐に相田の手を取る
一体どうしたのかと、その様子を伺えば
不意に、左手の小指に微かな痛みを感じた

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