《MUMEI》

 翌朝、携帯のアラーム音が爽快に鳴り響いていた
その音に眼を覚ました井上は、どうしてか自分の部屋に居て
「……私、いつ帰ってきたっけ」
その記憶が全くない、と首を傾げながら
だが頭に僅か残る痛みに、昨日の事を何となくだが思い出す
「……私、あのまま寝ちゃったんだ。って事は此処まで、清正が?」
事の次第を一人事で確認し、今更に恥ずかしさを覚える
取り敢えずは顔でも洗って寝起きの頭をすっきりさせようと、と居間の戸を開けば
「……起きたか?酔っ払い」
ソファに腰を据え、茶を啜っている藤田に出くわした
「……アンタ、此処で何してんの?」
何故藤田が自宅に居るのか、と不思議気な井上へ
藤田は深々溜息をつきながら湯呑を置くと
また溜息を吐き、そして話す事を始める
「お前があのまま寝入ったから、俺がここまで連れて帰った」
「……ここって、ウチよね。でも、何で?」
帰るのなら屋敷へと帰るべきなのでは、との井上に、藤田は更に溜息を吐きながら
「『私の家すぐ近くだから』ってお前に案内して貰ったんだが。まぁ、覚えてるわけねぇか」
どうやら井上本人が自宅へと招いたらしく
だがそんな記憶など欠片もない井上は唯々驚くばかり
暫く呆然と立ち尽くしていると
「それより、身なり位整えたらどうだ?お嬢様」
「へ?」
藤田から指摘され、そこで漸く井上は自身が寝巻姿である事に気付く
髪も寝ぐせに乱れたままの自身の姿に
まるで入浴中を覗かれでもしたかの様なけたたましい叫び声を上げる
「見ないで〜!!今からすぐ支度するから!」
「はぁ?別にいいだろ。そんなモン」
「そんなモンって何よ!清正の馬鹿!!」
余りの言い草に段々と荒くなっていく語気
あわやケンカという寸前という丁度その時
突然フライパンを叩く音が鳴り響いていた
「うるさいわよ!紗弥!」
怒鳴る声を上げながら入ってきたのは井上の母親
その音の発生源だろうフライパンと、それを叩く為のフライ返しが両の手にしっかりと握られている
「お、お母さん……?お、お早う」
「お早う。紗弥、ちょっとこっちいらっしゃい」
「な、何?」
いつも以上に満面な身を母親は浮かべながら井上を手招く
ソレに違和感と若干の恐怖を覚えながら、井上は母親の元へ
近くまで寄ると、手を引かれ部屋の外へと連れ出されてしまう
「アンタ、最近帰りが遅いと思ってたけど!一体、何してるの!?」
戸は、藤田がいる手前静かに締めながらも、井上を問い詰める勢いは物凄いもので
だがその問いに同答えていいのか分からず困り果てていると
閉じたばかりの戸が、また静かに開いた
「落ち着いて下さい。奥方」
すっかり気が動転してしまっている母親を宥めるかの様に
藤田の声が低く、ゆっくりと事の説明を始める
自分が仕えるべきお嬢様に逃げられてしまった事
その代理を井上にしてもらっている事
その理由の全てを母親へと話す事をしていた
「何だか大変ねぇ〜」
「はい。ということでもう暫くお嬢さんをお借りする事はできませんか?」
謙虚に懇願してみればその容姿の良さも手伝ってか
すぐさま許可が下りる
「勿論よ!うちの馬鹿娘で良かったら幾らでも!」
「ちょっ……。お母さん!?」
余りにあっさりと許可が下り驚く井上
そんな井上の肩を母親は唐突に抱きながら
「頑張りなさい。彼、格好いいし、ついでにゲットしちゃいなさいな」
とんでもない事を耳打ってくる
更に驚いた井上は顔を赤くし、母親はそんな井上へと笑みを浮かべながら
茶を淹れてくる、とその場を後にしていた
「どうかしたか?顔、赤いぞ」
床へと座り込んでしまった井上の顔をいきなりに覗きこみ、額へと手を触れさせる
突然間近に寄る藤田の顔に、井上は益々動揺してしまう
「……別に、何とも思ってないもん」
「は?」
井上の独り言の様な呟きに、何の事かを聞き返す藤田
更に顔を近く寄せられ、井上は改めて顔の赤を濃いモノにする
「わ、私、服着替えてくる!」
このままで居るのが居た堪れず
慌てて立ち上がると井上は自室へと上がって行く
パジャマを脱ぎ棄て服へと着替え、また居間へ
入ろうとした、次の瞬間
家のチャイムが鳴った

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