《MUMEI》 . 隆弘が予約してくれたそのおすすめの店は、ビルの5階にあった。 モノトーンで纏められたスタイリッシュな内装に、かかっているBGMはスタンダードなジャズ。とても和食料理店とは思えなかった。 いつも、亜美と行く、古めかしいメキシカンバーとは全く雰囲気の違う、モダンで落ち着いた空間。 慣れない空気に、わたしはすっかり気後れしてしまった。 隆弘がキャッシャーカウンターにいたボーイに、「予約した川島です」と告げると、そのボーイがにこやかに接客用の笑顔を張り付けて、テーブルまで案内してくれた。 この店は、全席半個室のようで、通路のあちこちに、小さなテーブルとソファーが置いてある空間があった。 その、一番奥。 一畳くらいの空間の壁に沿うように設えられたソファーと、小さなテーブル、そして、新宿のオフィス街を一望出来るような、大きな窓。 どこからどう見ても、カップル専用としか思えない席に、わたしと隆弘は通された。 隆弘はわたしに奥の窓際席を譲り、彼は通路側に座った。席は狭く、少し動いただけでもお互いの肩が触れ合ってしまいそうだった。 わたし達は取り合えずビールを二つ注文すると、ボーイは入り口を暖簾で席の中を隠してから立ち去っていった。 「今日は、来てくれてありがとう」 二人っきりになって、まず、隆弘がそう言った。わたしは緊張で顔が強張りそうになりながらも、笑顔を浮かべて首を振る。 「ホントはもっと早く、こうして会いしたかったんだけど…」 わたしの言葉に隆弘は笑った。 「俺も同じ。なかなか時間取れなくて正直、焦ったよ。早く今日にならないかなって、そればかり考えてた」 そんな風に言われて、わたしは微笑んだ。『会いたい』と思っていた気持ちは、お互い同じだったのだと思い、安心した。 . 前へ |次へ |
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