《MUMEI》 . 間もなくボーイが、ビールを二つ持ってきた。わたし達は、それぞれグラスを取り、向かい合った。 「それじゃ、再会を祝して…」 呟きながら、隆弘が自分のグラスを、わたしのものに軽く当てた。わたしは隆弘の目を見つめ、「…乾杯」と答えてから、唇にグラスを近づけた。 「仕事、大変?」 一気にビールを半分くらい飲んで、急に隆弘が聞いてきた。わたしは一口飲んだビールグラスをテーブルに戻し、彼を見て首を横に振った。 「普通のお勤めと違って、たいした仕事じゃないし…ホントに雑用ばっかりだから」 軽く笑ってわたしが言うと、隆弘は優しく微笑みながら、わたしの方を真っ直ぐ見つめて、テーブルに頬杖をついた。 「でも、フランス語好きなんでしょ?」 そう返されて、わたしは「…どうかなぁ?」と曖昧に答えて、再びグラスを持ち上げる。 「昔はそうだったかもしれないけど、今はそんな情熱、忘れちゃったな…」 小さく囁いて、ビールを飲んだ。それが、本心だった。 あの学校に入学したばかりの頃は、まだ見ぬ将来のことを美しく思い描いていた。 当初はわりと成績も良かったし、何より他の人を凌ぐ、持ち前の発音の上手さも相成って、わたしはすっかり天狗になっていた。 自分は優れた人物だと、信じて疑わなかった。 わたしには、輝かしい未来が待っている、と。 いつしか、そんな浅はかな考えに溺れ、人より努力もせず、 気がついた時には、成績の順位ががた落ちしていた。 校舎の廊下に貼り出された、ディプロム(卒業試験)の順位を見て、驚愕した。 合格者ランキングの最下位に、わたしの名前があった。合格点、ギリギリだった。あと一問でも間違えていたら、結果は判らなかった。 首席の名前は、昔、わたしよりも、ずっと成績が悪かった人だった。 トップを勝ち取った彼女が、嬉しそうに仲間達と笑い合う姿を横目で眺めながら、わたしは言い様のない焦りを感じた。 でも、どうすればこの気持ちが落ち着くのか、判らなかった。 . 前へ |次へ |
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