《MUMEI》 家にはあまりお金も無かったし、友達と遊びに行く機会も滅多に無かったから、当たり前の情報が少なかったのかもしれない。とりあえずテレビはあったが、それでドラマを見ても「ああ、これが理想のお母さんとお父さんなんだ。よく作ってるなぁ」とだけ思って、自分の父母が本来の姿だと思っていた。だけど、父親も母親も近所に迷惑をかけたり、虐待をしたりした訳でもなく、ただ過度な放任主義だと思ってそれなりに楽しくは過ごせていたのも事実。勿論、これからなにも起こらなかったらの話なのだけれども。 そんなある時、馨が気分を変えて図書館へは寄らず、家に帰ったがために馨は残酷な運命に直面した。何も知らずに玄関の扉を開けてみると、初めはとても嬉しかった。玄関にはお母さんの靴、お父さんの靴、と綺麗に揃えられていたのだから。ただ、知らない人の革靴も置かれていた。不思議には思っていたのだけど、あの時は変に気分が高ぶっていて全然気にしなかった。お父さんもお母さんも一緒だ、今日は何かあるのかな、楽しみだな、久しぶりに遊びたいなと、子供ながらに思っていた。 だけど、すぐ異変に気付いた。二人とも揃っているのに、どうしてこんなにも閑散としているんだろう。それに気が付いた瞬間、廊下をスキップ混じりに走るのを止めて、恐る恐る歩く。こっそりと居間の扉を開ける――誰もいない。次は台所を覗いてみよう――しかし、誰もいない。今度は寝室を見てみようか。そこは二人の寝室であったから、覗くのは躊躇われたが、やはり二人の姿を見たいがために扉をこっそりと開けた。 その瞬間、目の前はテレビを消したかのようにビジョンが暗く閉ざされた。再び光を感じた時は、昨日詩織と一緒に寝たベッドの上であった。どうやら、回想している間に眠ってしまったらしい。部屋のカーテンは開けられていて、突き刺すような陽光が目に染みる。馨は上体を起こして辺りを見回すと、すでに詩織の姿はなかった。朝食の準備に取り掛かっているのだろうか。馨は背筋を伸ばして、拳でも入りそうな欠伸をする。爽やかな朝だな。過去のあれは、もしかしたら夢だったのではないだろうか。そんなことを考えながら、ベッドから降りると「馨ー! 御飯できたよー!」と、詩織の優しい声が一階から聞こえてきた。馨は「今行くー!」とだけ答え、追憶を頭の隅に追い遣る。 内心、従兄弟合わせだったとしたら、と考えない訳ではないのだけど、もっと大事なことがあるような気がする。恋人同士のようであって、親子のようである今の関係は、何故かとっても居心地が良い。確かに、他人から見れば複雑で嫌になってしまうかもしれない。だけどここは、馨にとってこの上なく充実感に満たされた空間なのだ。 前へ |次へ |
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