《MUMEI》

来客を知らせるその音に玄関を開けてみれば
「今日和。清正、居るんでしょ」
街で合った男が立っていた
何故、井上宅を知っていたのかを問うより先に男は無遠慮に上がり込み
居間へと足早に向かう
「ちょっと!何勝手に入って……!」
不法侵入を訴えながら
だが相手は聞く耳など持たず、今の戸を手酷く開いた
「……久し振り。清正」
ソファに身を寛げる藤田の前へ立ち、そして膝の上へ
肩へと手を回したかと思えば顔を間近に寄せる
「……半年振り位?何か凄く久しぶりの様な気がする」
「そうかもな」
「元気してた?」
親しげに話しかけてくる相手に反し、藤田の表情は訝しげなソレで
何を返す事もしないままの藤田へ、相手は暫くしてつまらなそうな顔
わざとらしい溜息をつくと踵を返していた
「……つまらないから今日はこれで帰って上げるよ。またね、清正。それと(お嬢様)」
結局何をしに来たのか
相手は悪役的嘲笑をその口元へ浮かべ、その場を後に
静けさばかりが残された其処に、その沈黙を破ったのは井上だった
「ね、清正。あんた、あいつとどういう知り合いなの?」
含まれる言葉に何かがありそうな気がして
顔を、間近に問い質してやれば藤田は深々溜息をつきながら
そして観念したように話す事を始める
「……あれ、うちのお嬢様だ」
「え?」
告げられたことが俄かには信じられず
井上はつい聞いて返す
無言で目配せだけををして来る藤田にそれが事実だと知り
「嘘でしょ―!?」
どう見ても男にしか見えないあの人物と
お嬢様という単語がどうしても重ならず、井上はつい声を上げていた
「……信じたくはないだろうが、本当だ」
「でも、さっきのってどう見ても男みたいに見えたけど……」
すっかり気が動転しているらしい井上へ
藤田は落ち着かせてやるかの様に髪をゆるり梳いてやりながら
「……俺がお嬢様をこっ酷く振ったってのは言ったな?」
「うん。聞いた」
改まるような藤田に
何か深い理由があるのかと井上はつい身構える
だが
「まぁ、その所為でお嬢様が拗ねて男になったってだけの話なんだが」
だけ、言い切ってしまうには余りに衝撃的な事実
井上は信じられないそれに呆然、藤田の方をつい見やる
「……信じらんない。振られたから男にって、随分と考え方が極端じゃない?」
「まぁ、世間知らずなお嬢様だったからな」
「いくら世間知らずだってもう少しまともな事考えるわよ」
「それもそうだ」
井上の言葉に納得する藤田
突然に現れたお嬢様に動揺しながら
互いに顔を見合せ
どちらからともなく、二人は溜息をついたのだった……

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