《MUMEI》

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わたしを見つめて、隆弘は眉をひそめる。「ウソツキ?」と繰り返した。

「どんなウソ、つかれたの?」

さらに突っ込んできた隆弘から再び視線を外し、また窓から夜景を眺める。

遠くに輝く看板の電光を見つめて、わたしは小さく呟いた。

「…とにかく、口を開けばウソばかりでした。今では、彼の言った言葉のどれが真実でどれがウソなのか、わからないくらい」

曖昧に答えたことで、隆弘は困ったようだった。何も言わず、ただ黙り込んでいる。

わたしはゆっくり振り返り、隆弘に笑顔を作って見せた。

「だからわたし、ウソをつく人が、この世で一番、嫌いなんです」

そうキッパリ明言してから、わたしは隆弘のグラスも空になっていることに気付き、テーブルに置いてある呼び鈴を押した。

わたしの一連の動作をぼんやり見つめながら、隆弘は、「…そっか」とだけ呟いた。


―――他の男なら、


わたしの気を引くために、ここで間違いなく、『自分はウソはつかない』と面倒くさいくらいにアピールしてくる。

それが真実でなくても、そういうポーズを必ず取る。


でも、隆弘はそうしなかった。


それは、

わたしに気がないのか、

もしくは、

既に、ウソをついているのか…。


わたしの心の中で眠っていた猜疑心が、ゆらゆらと目覚め始めた。



わたしは隆弘の顔を見て、微笑んだ。

「次、何飲みますか?」

空になっている彼のグラスを指差すと、彼は「ああ…」とぼんやりとした声を出す。

「同じものでいいや」

彼の返事に、わたしが「わかりました」と答えたその時ちょうど、ボーイがわたし達のテーブルにやって来る。

ビールを二つ注文して、ボーイが立ち去ってしまってから、隆弘は深いため息をついた。

「…なんか、残念だな。皐月さんから、昔の男の話、聞くなんて」

本当に、残念そうに、そう言った。わたしは笑い、「ウソ」と、彼の言葉を否定した。


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