《MUMEI》

唐突にその手が引かれ、井上の身体は前のめりになり相手の腕の中へ
「な、何する……!?」
「案外可愛いんだ。この話、悪くなかったかもな」
解らない事を一人言に呟きながら
態々井上の耳元へと唇を寄せ
僕のモノにならない?
突然すぎる言葉がすぐ傍で鳴った
「どうせ彼氏とか居ないんでしょ?それとも、もうあの執事のお手付きだったり?」
「な……!」
「あー。もしかしてまだ?そりゃ良かった」
余りに礼を失するその態度に、何も返さずにいると
見るに不愉快な笑みが向けられる
取られたままの子の手を今直ぐにでも振り払ってやりたい
だがそれは奥方の手前出来る筈もなく
「僕たち、ちょっと出掛けてきたいんですが、よろしいですか?」
好青年を演じながら外出する旨を告げれば
後は若い二人で、などとありきたりな言葉が返される
「あ、あのちょっと……」
行き成り過ぎるソレに井上は異を唱えようとするが聞き入れられず
腕を掴まれ、そのまま引きずられてしまう
玄関に差し掛かった丁度その時
「お出かけですか?お嬢様」
茶を持ってきたらしい藤田と出くわした
随分と造った雰囲気の表情で穏やかに話し掛けてくる藤田へ
一応頷いて返せば
「そうですか。それでは、お気を付けて」
言いながら井上へと小さなポーチを手渡してくる
持って行けと手渡されると、耳元へ藤田の唇が寄り
「……携帯、通話にしたままにしてろ。何かあったら、行ってやる」
その場で自身の携帯へと掛けさせ常に通話状態に、そして
藤田は何事もなかったかの様に執事らしく丁寧に頭を下げ井上達を見送った
「何、話してた?」
半ば強制的に車へと乗せられ、走り出した矢先
何か探りを入れる様に問う事を相手はして来る
顔を覗きこまれ
井上はつい警戒に距離を取ろうと動けないシートの上で後ずさろうと試みた
「……別に今すぐ取って食おうって訳じゃなし。そんなに怯えないでよ」
「……何で、私なの?」
「何の話?」
「あんた、あたしのことなんて何も知らない癖に何でこんな事……」
「あるヒトに頼まれた。それ以上は、秘密」
理解出来ない、と訝しむばかりの井上へ
男はやはり本当の訳を話す事はせず車を走らせる
「けど、君って結構俺のタイプだし。本当、悪い話じゃなかったな」
井上の方をちらり横眼で眺めながら
まるで品定めをするかの様な言葉に
だが井上は何を返す事もせずに置いた
無暗に話す事などしたくはなかったから
さっさとこの時間が終わってくれればと、そればかりを思う
「……そう言う気の強そうな顔、いいね」
茶化すようなそれに睨んでやれば
その精一杯の虚勢が相手に思わぬ感情を芽生えさせたらしく車が急に停まっていた
「な、何!?」
驚き、怯える井上の手を相手は取ると車を降りる
強引に引かれたまま、鬱葱と木々が生い茂る森の中へ
「は、離して!何所に連れてくつもり!?」
「……いい処」
段々と深くなっていく森の中をどれだけ歩かされたのか
暫く歩いて行くと其処に一軒の建物が見えた
「どうぞ、入って。って言っても俺のじゃないんだけど」
戸が開かれたその中は薄暗く
随分と長い間使われていなかったのか、至る処に綿埃が積もっている
「やっと来た。待ち草臥れたよ」
その奥からゆっくりとした足音立てながら現れたのは
男装の、お嬢様
二人に囲まれ、井上はつい後ずさってしまう
「それで、私に何か用?」
にじり寄られ、等々壁際まで追いつめられた井上
恐怖心に苛まれながらも用件を問うて質せば
唐突に、井上の手首が男に掴み上げられた
そのまま床へと押し倒され、その弾みで埃が宙を舞い辺りを白く霞ませていく
「痛ぁ……。何すんのよ!?」
「あれ?意外に強気?君、今から何されるか解ってないの?」
男に押さえつけられたままの井上を、お嬢様はさも楽しげに見降ろし
睨んでくるばかりの井上へ
何故か満面の笑みを浮かべてた
「ね、和人。さっさと犯っちゃってよ。お金、好きなだけ払うから」
男の首へと腕をからませ、強請るようなその様はやはり女性的で
その言葉に従うかの様に、男の手が井上の着衣へと伸びる
何をされるのかを咄嗟に感付いた井上はその手から逃れようと暴れる事を始める

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