《MUMEI》 . そのため息を無視して、わたしは隆弘を見つめて首を傾げる。 「大切な家族でしょう?大事にしてあげなきゃ。わたしだってそう。家族が何より一番大切」 使い古された正論を、言い聞かせるように囁きながら、わたしは頭の中で、父の姿を思い浮かべていた。 無機質な病室で、たった独り病魔と戦っている父。 枯れ枝のようになってしまった、骨のような身体で、じっと待っている。 己の、最期の時を。 辛かった。 変わり果てた父の姿を思うと、胸が張り裂けそうだった。 かつてはいがみ合い、憎んでいた父だったが、 『家族が何より一番大切』 今となっては、その台詞に、嘘はない。 父が望むなら、何を犠牲にしてもわたしに出来る全てのことをしてあげたい。叶えられること、全てを。 例え、どんな環境に育った人間でも、 家族に対するその想いは、変わらない筈だ。 目の前の、隆弘だって。 わたしの囁きを聞いた隆弘は、ああ…と曖昧に唸り、顔から手を離す。 そうして、わたしの目を、正面から見つめた。 「…俺も、同じ。家族が何より大事だよ」 それを聞き、安堵したのと同時に、少し寂しい気持ちになった。 どんなにきれいな化粧をしても、 華やかな洋服に身を包んでも、 わたしは、隆弘の一番には、なれない。 それは、一生叶わない。 わたしはニコッと笑顔を作って、「ですよね」、と相槌を打つ。 「…ご家族は、幸せですね」 掠れた声でそう呟き、わたしは再びグラスに手を伸ばした。 . 前へ |次へ |
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