《MUMEI》 . わたしは隆弘から心を閉ざそうと、ゆっくり目を伏せる。ここで、彼の言葉に耳を傾ける訳にはいかなかった。 そんなわたしに、隆弘は詰め寄った。 「本当だよ。俺は、嘘はつかない。皐月さんのこと、本当に俺…」 必死な様子でまくし立てる隆弘の声を聞きながら、わたしは少し、瞼を持ち上げた。 『嘘はつかない』 どこかで聞いた台詞だった。 ―――ウソつき嫌いなの?じゃ、俺にしておきなよ。嘘つかないし、正直だし。俺達、気が合うと思うんだよね。どうかな…? ―――断言するよ。命懸けてもいい。俺はもう絶対嘘つかないし、二度と皐月を傷つけない。だからお願い。俺のこと、嫌わないで…。 ―――なんでそんなこと言うの?俺のこと、信用できないの?俺、もう嘘はつかないよ。約束したじゃん…。 次々と蘇っては、通りすぎていくたくさんの懐かしい言葉達。 それらがわたしの中を風のように吹き抜ける度、わたしの心のどこか一片を全て吹き飛ばして、どんどん空っぽにしていく気がした。 …ああ、どうして。 こんな時に、そんな昔のことを思い出してしまうのか。 心が沈む。 暗い、暗い、闇の奥底へと。 「…ウソつき」 吐息とともに、微かに唇からそんな台詞が零れ落ちた。 そうして、再びわたしの手を取ろうとする隆弘の手をすり抜けて、わたしはソファーからゆっくり立ち上がった。 「…ちょっと、お手洗いに行ってきます」 彼の顔を一切見ることなく、消え入りそうな小さい声で囁き、わたしはそこに隆弘を残して、席から立ち去った。 聞きたくなかった。 隆弘の口から、そんな陳腐な言葉を、これ以上耳に入れたくなかった。 ―――これ以上、 失望したくなかった。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |