《MUMEI》

「は、離して!!」
「それはダメ」
「何でこんな事するの!?」
男に組み敷かれたまま、お嬢様へと怒鳴って返せば
それまで楽しげに笑んでいたその顔が険しいソレへと変わっていた
「……何でって、そんなこと聞く訳?僕から……、私から清正を奪った癖に!」
「私、そんなことしてない!」
「してるよ。私は清正に何も与えてはもらえなかった。確かに執事として傍に居てはくれたけど……」
それ以外何も与えられなかった、と
険しかった表情が今度は悲しげなソレに変わる
「ずるい、よ。君は。……何もしなくても清正から想ってもらえる。そんなの、ずるい……」
「違うってば!清正は私の事そんな風に見たりしてない!」
「そんなの、君が言ってるだけだろ?……清正見てたら、解るもん」
話しは常に平行線
進展が全くないそのやり取りに痺れを先に切らしたのは、お嬢様
睨むような視線を傍らの男へと向けながら
「……もう、いい。和人、仕事の時間だよ。……この子、犯っちゃって」
その声を合図に、井上の着衣は手荒く引き千切られて
無防備に晒されてしまった素肌に男の手が伸びる
触れられてしまう、その寸前
表の方から何かが破壊された様な騒音が鳴り響いた
一体、何が起こったのか
皆がその様子を窺うより先に、室内にあるべきではないバイクの車輪らしきそれを井上は視界の隅にみた
「清、正……?」
表戸は爽快に壊しながらも、バイクは室内に丁寧に停車
表情なく辺りを見回しながら
ゆるり歩いて井上を組み敷いたままの男の前へ
近く寄るなり、容赦なく脚を蹴って回す
「……人のモンに、手ぇ出すんじゃねぇよ」
その素早い動きに相手はかわす事が出来ず
藤田の蹴りを正面からまともに戴き、その男は後方へと吹き飛ぶように倒れ込んでいた
「危機一髪って処か」
下着一枚にされてしまっている井上へと自身の上着を被せてやりながら
どうやら無事の様子に安堵の溜息をつきながらその身体を抱え上げていた
「清、正……」
ふわり浮いた身体
脚が浮いたと同時に、井上の涙腺が一気に緩んでいく
ほんの短い時間だった今までの間が
ひどく長く、恐いモノの様に感じて堪らなく不安だった
「……もう、大丈夫だから」
低く、耳に心地のいい声
震えるばかりの井上の背を、子供をあやす時のソレの様に撫でてやる
井上が落ち着くまで何度も、何度も
「……しかし、此処までくれば立派に犯罪者だな。お嬢」
漸く落ち着いてきた井上を降ろしてやり
藤田がお嬢様の方へと向いて直れば
お嬢様は明らかに動揺する事を始める
「……どうして、その子はよくて、私じゃ、駄目だったの?」
「は?」
「この子だって、私の代わりなら(お嬢様)じゃない!なのにどうしてその子ならいいの!?」
井上に与えられて、自分には与えられなかったモノ
そう明らかに区別された事が何よりも悔しく
お嬢様は癇癪をおこしたかの様に八辺りに喚き始める
「私は今でも清正が好き!好きなのに!」
勢いで告白
だが藤田は溜息をつくばかりで、最早しても仕方のない会話に飽きてしまっていた
「悪いが、御免被る」
「どうして!?私があの家のお嬢様だったから!?」
「そうだな。それもあるが、そもそもお前はおれの好みじゃない」
「好、み?じゃぁ、清正はどんな女の子なら――」
言葉も途中に、お嬢様は井上の方を見やる
自分とは違うタイプだというのは目に見えて明らかだった
「……酷いよ、清正。私、、ずっと想ってたのに」
「知るか。それに」
態々言葉を途中で区切ると、藤田は井上の身体を引き寄せながら
「テメェがこいつにした事の方がよっぽど酷ぇだろ」
お嬢様へ吐き捨てる様に呟いていた
「だって、それは……」
言い訳で、飽く迄も自身を正当化しようとするお嬢様
そのずる賢い根性に、藤田は心底嫌悪感を覚えるばかりで
聞きたくなどない、と言わんばかりに
お嬢様の頬を手加減なしに平手打っていた
「……二度と、コイツに手ぇ出すな。次やったら、覚悟しとけ」
端的な、だが相手に恐怖心を植え付けるには充分な脅し文句
その時の藤田の表情はこれ以上ない程の無表情で
お嬢様はそれ以上何を言う事も出来なくなってしまっていた

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