《MUMEI》

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わたしの剣幕に、隆弘は黙り込む。
わたしは視線を流し、テーブルに置かれたグラスを見つめる。グラスの表面をきれいな雫がひとつ、滑らかにすべり落ちていった。

その様を眺めながら、わたしは続ける。

「…3年前に、そう決めたの。誰かに振り回されるくらいなら、独りの方がいい。もう二度と、惨めな想いなんかしたくないって」

わたしの押し殺すような声を聞き、隆弘が眉をひそめて、「ちょっと待って!」と割り込んだ。

「それとこれとは、話が別だよ」

隆弘の強い言葉に、今度はわたしが眉をひそめる。理解できず、「別ってどういうこと?」と尋ね返した。
隆弘は肩を竦めて見せる。

「一目惚れしたのは事実だけど、俺は別に、君と付き合いたいと言ってないだろ。実際、俺は結婚してるし、それに君は俺の事なんか眼中にないだろうし…
でも、人を好きになるのは、既婚だろうが独身だろうが、それは個人の自由だ。そう思わない?」

わたしはますます混乱するばかりだった。


―――つまり、隆弘は、

わたしのことは好きだが、別にその先にある男女の関係を望んでいる訳ではなく、ただ単に、人として好きになった、とでも言いたいのだろうか。


「…言ってる意味が、わからないよ」


わたしは力無く、呟いた。

隆弘が、一体わたしに何を望んでいるのか、これからわたしとどういう関係を築いていきたいのか、さっぱりわからなかった。


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