《MUMEI》 . わたしの呟きを聞いた隆弘は、焦ったように身を乗り出して、さらにまくし立てる。 「好きになってくれってお願いしてる訳じゃない。もちろん、皐月さんが俺のこと好きになってくれたら、すげー嬉しいけどさ…」 そこまで言った隆弘に、わたしはぼんやりしたまま、それでも、「…ならないよ」と否定する。 「好きになんかならない、絶対」 「それでもいいよ。俺が勝手に好きでいるだけだから」 「だめ。嘘つく人は、きらい」 「嘘なんてついてない。結婚してることだってちゃんと話したし、それに」 「…やめて」 永遠に続けられそうな言い訳じみた言葉を、わたしは震える声で遮った。両耳を手でふさぎ、瞼を固く閉じて俯く。 隆弘にうんざりした訳ではない。わたしの想いはもっと、別のところにあった。 隆弘が、恐らくは、わたしの気持ちを引き留めようと必死になって支離滅裂なことを喚いているのは、何となくわかった。 そして、 同じように、あまりにも必死に何かをまくし立てる誰かの姿を、 かつて、目の当たりにしたことが、あった。 ―――皐月、信じてよ。俺、ちゃんとするから。もう、騙したりしないよ。もう一回、チャンスをくれよ、なぁ皐月…。 ―――俺は皐月が好きだよ。昔も今も、それは変わらないよ。この前はちょっと魔がさしただけだって。聞いてくれよ…。 ―――全部話すよ。そんなに怒るなって。俺はお前が一番。なぁ、聞いてる?皐月、こっち見てよ…。 追いやろうとしても、鼓膜の中に何度も何度も蘇ってくる、その声。 悲しく、懐かしい抑揚。 その全てが、痛かった。 . 前へ |次へ |
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