《MUMEI》

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…やめて。

お願い。もう、やめて。

わたしを解放してよ。


これ以上、傷つけないで。



頭を抱え込むようにしてうなだれたわたしの腕を、隆弘に掴まれる。

そして、


「顔をあげて。こっちを見てよ…皐月さん」


―――こっち見ろよ。頼むから、皐月!!


隆弘と、頭に響く声が、重なった。


わたしは、ハッとして弾かれたように顔をあげた。


視界にうつったのは、


心配そうにわたしの顔を覗き込む、隆弘。



―――その顔に、



もうひとり、別の男の顔が、リンクする。



苦しそうな悲しそうな瞳を揺らし、真っ直ぐにわたしを見つめ返してくるその幻影は…。





「『モト』…」





自然と、視界に揺らいだ、その幻に呼び掛けていた。


同時に、


わたしの両目から大粒の涙がぼろぼろっと零れ落ちた。



突然泣き始めたわたしに、隆弘は狼狽した。

「どうした?大丈夫?皐月さん、ねぇ…」

戸惑いながらわたしの肩を優しく撫でる隆弘の手を押し遣りながら、わたしは小さく首を横に振り、「違う、違う…」と壊れたロボットのように、ただ同じ言葉を繰返し、呟いていた。



…違う。

違う、違う、違う。



全部、違ったんだ。



小さく小さく呟きながら、わたしはようやく、何故、隆弘に懐かしさを感じていたのか、気がついた。



隆弘は、似ているんだ。


3年前に別れた、愛しい人に。


疑り深いわたしに、突然「さよなら」と言った『彼』―――『モト』に。



隆弘のことを、懐かしく感じたり、警戒心を持たずにわたしからのこのこ近寄ったのも、



運命だとか、赤い糸だとか、

そんな夢みたいな話ではなくて、


ただ隆弘に、『モト』の姿を、重ねていただけ…。



ただ、それだけだったんだ。



わたしは泣いた。隆弘がどんなになだめても、わたしの涙は止まらなかった。


再び過去の暗い闇の中へ、たった独り迷い込んでしまったことに、ただ、絶望していた。



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