《MUMEI》

「……まぁ、そこまで言うなら考えてやってもいけど。その前に」
譲歩し掛けて、その直後
岡本へ向け何かが放って寄越される
ソレが何なのかは言わずもがな
黒光りするソレが岡本めがけて飛んで掛ってきた
「嫌〜!!」
「俺、もう少し寝っから。じゃぁな〜」
ゴキブリを投げつけるだけ投げつけると、平田は笑う声を上げながら自室へ
だが今の岡本はソレに対し腹を立てる余裕などなく
服にしっかりと着いてしまったゴキブリを取ってくれるよう岡部へと縋り付く
「取ってぇー!早く取ってぇ!!」
「暴れんな!すぐ取ってやるから!」
すっかり気が動転してしまっている井上を宥めながら
岡部は井上の服についてしまっているゴキブリを取ってやると窓から外へと放り投げていた
「……もう居ねぇぞ」
「本当?」
「……あいつじゃねぇんだ。嘘なんかつくか」
深々溜息を岡部が付いた
その直後
「……大吾には困ったものですね」
相も変わらず、口数が少なの桜岡が寝巻姿で現れる
その姿は寝起き故か僅かに着乱れていて
男性らしからぬ色香を漂わせている
「桜岡先生!」
「お早う御座います、環さん。大丈夫でしたか?」
どうやらゴキブリは桜岡の部屋にも入り込んでいたらしく
見た目穏やかな笑みを浮かべながら
だが桜岡の両の手には集められたゴキブリが山を成していた
「……雪、お前一体何やった?」
「何と言われても……。どうしてか寝入っていた私の部屋へこの子たちが入ってきてしまったもので。ご遠慮して戴こうかと思いまして」
にこやかに、そして穏やかに話す桜岡の手には草履
本来、室内で使用する必要のないソレを何に使ったのか
その瞬間、皆が理解した
「……お前、虫も殺さねえ様な面してやること結構えげつねぇな」
「そうですか?当然の反応だと思うのですが」
「お前、虫駄目だったか?」
「高虎はゴキブリ、好きになれますか?」
さも意外といった様な表情を浮かべる桜岡へ
岡部は深々溜息をつきながら
「……まぁ、好きって訳じゃねぇが」
「でしょう?なのでこの子たちにはお引き取り願いましょう」
笑みを絶やす事はしないまま、仮死状態にあるゴキブリ達を窓の外へ
何食わぬ顔で放り投げると、桜岡はまた自室へと入っていった
ソレと入れ違うかの様に平田がまた顔を出し
つまらなさそうに舌を打つ
「つまんねぇ。……ま、仕方ねぇか」
それ以上からかい甲斐が無い事を察したのか、平田もまた自室へ
岡部はそれを見送ると
出掛けるのか、寝巻代りのジャージのまま、外へと出て行った
何所へ行くのか、何となしにその後を岡本は追った
「……本屋に、授業で使うテキスト、探しに行く」
「そういう買い物、ちゃんと行くんだ」
「何だよ。意外か?」
「少し。真面目に先生やってるんだなって」
言葉を取り繕う事もせず、素直な感想をそのまま述べる岡本
素直過ぎるソレに、岡部は瞬間呆気にとられたが、すぐに溜息をついて返す
「ま、素直なのはいい事だな」
遠まわしに酷い事を言われている事には敢えて触れず
岡部は苦笑を浮かべながら表に停めてあるバイクへ
先に乗ると、岡本へとヘルメットを投げて渡し、後ろへと乗る様促してやった
「これで、行くの?」
「何か不満か?」
「別に不満じゃないけど、私、バイク何て初めて乗るから…」
少しばかり恐いのだ、と中々乗ろうとはしない岡本へ
岡部が痺れを切らしたのはすぐ
僅かに舌を打つと、彼女の腕を強引に引き後部座席へと乗せていた
「下手に喋るなよ。舌噛むぞ」
それだけを告げると、バイクは前置きもなく急発進
始めてのその速度に井上は高々と悲鳴を上げながら
目的地までの道のりを、そのままで爆走する羽目になったのだった……

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